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9-8 決闘、勃発。

 瞬間、周囲が湧き上がった。 「なんだなんだ、仲間割れか!?」 「よくわかんねーけど、延長線か!?」 『これは面白いことになって参りました! A組内部での優勝者争いです!』  あろうことか、アナウンスまで囃し立て始めた。 『我らが生徒会長、九重 蓮くんと、サッカー部のエース、風見 鷹斗くんの一騎討ち! 我が校の(マスコット)、花鏡 鴇真くんの親友の座を賭けて最強の男二人が闘います! ……あれ? 親友の座でいいんだよな?』  何だよコレ、どうしてこうなった!? 困惑するオレを置き去りに、場は勝手に盛り上がっていく。九重ももう、すっかりやる気だ。 「ちょっと待った!!」  そこで声を上げたのは、須崎だった。 「優勝者争いなら! 俺にも参加権限あんだろ!?」  タカと九重が、揃って顔を顰めた。 「いや、須崎( お前)は関係な」 「ある!! 大有りだ!!」 『おおっと、更にA組内から挑戦者が! スポーツ特待生の須崎 凌くんです! この三人の内、誰がA組最速かを競い合います! トロフィーである花鏡くんを手にするのは、果たして! レディー、ファイ!』  〝ファイ!〟じゃねぇえええええ!!  オレの内心の叫びなど当然届くことはなく、急遽レース延長戦が催されることとなった。  (まば)らに散り始めていた観客達も席に戻り、成り行きを見守っている。物凄い大事になってきた……。  タカが改めて九重に訊く。 「種目はどうする?」 「ハンデは要らない。風見の得意なクロールでいい」 「俺もそれでいいぜ」  何も訊かれていない須崎も同意して、クロールに決定された。  オレが成す術もなくあわあわオロオロしていると、「賞品の花鏡くんは、こっちへ!」と、実行委員の人に腕を引かれた。五十メートルプールの反対側、タカ達とは向かい合う形で立たされる。 『ルールは簡単! 五十メートル自由形、一本勝負! さぁ、誰が一番速く花鏡くんの元へ辿り着けるのか!?』  実況役、完全に悪ノリしてるな……。観客席からも一着を予想する声が上がり、最早収集のつかない雰囲気になっている。もうオレ一人が止めようとしたって、これじゃあどうにもならない。  程なくして、スタートの合図が響き渡った。一斉に台から飛び込む三人。え、待てオレ……誰を応援したらいいんだ?  勿論、タカを応援すべきだと思う。オレの為にとしてくれている行動なんだから。でも、九重の傍に居ると、誓ったんだ。  最初は脅迫から始まって、無理矢理だったけどさ。でも今は……自分から一緒に居たいって思い始めてたところで。  ――でもそれは、タカにしてみれば、酷い裏切りなんじゃないか?  思うと、胸が塞いだ。分からない。どっちを応援していいのか。いっそ須崎か? 須崎を応援すべきなのか!?  こんがらがった思考を持て余していても、レースは待ってくれない。三人の姿は、もう間近に迫って来ていた。ほぼ横並び、均衡しているように見える。  待って、待ってくれ。まだオレ、何の心の準備も……。 『花鏡くんは、誰にエールを送るのか!?』  アナウンスが絶妙なタイミングでオレに問い掛けた。別の実行委員から向けられるマイク。何だその息の合った無駄なファインプレー。皆がオレを見る。 『オレ……オレはっ』  マイク越し、拡張された自分の声の大きさに少し驚いた。ああ、もう。 『やだよ……っこんなの!』  訴えた。その声はプールにも届いたのか、九重と須崎の動きが刹那鈍ったように見えた。元々強い覚悟で臨んでいたタカだけは動じず、それがそのまま結果になった。  崩れた横並び。中央のタカだけが少し突出した形で、ゴールの壁に到達する。少し遅れて須崎と九重。アナウンスが興奮気味に告げた。 『ゴォオオオオル!! 一着は風見 鷹斗くんだぁあああ!!』  水泳大会の熱に侵された観客席から、盛大な歓声が追従した。  逸るようにタカがプールサイドに上がってくる。『風見くん、勝利の感想を!』なんて実行委員から向けられたマイクには取り合わず、タカは真っ直ぐオレの元にやってくると、タオルで身体を拭うのも忘れてオレを抱き締めた。 「トキ! これで……」  〝これでもう、大丈夫〟――だろうか。感極まったようなタカの熱っぽい声。力強い腕。塩素の匂い。冷たい水を纏って尚、高揚した体温。  オレは何も応えられず、ただ唖然と硬直していた。視界の端に、後から上がった九重の姿を捉える。俯き加減の彼が、今どんな表情( かお)をしているのか――見るのが怖くて、思わず目を伏せた。 『九重』  めげないマイクが、タカの呼び掛けを拾う。 『俺の勝ちだ。約束通り、今後一切トキには近寄るな』  たかが、口約束……されど。公衆の面前、三年を除くほぼ全校生徒の前で言い渡された接近禁止令は、ゲームマスターのルールじみた逆らい難い絶対の効力を持って響いた。    ◆◇◆  ――にも関わらず。 「お前、通常運転だな?」  帰宅するなり九重にバックハグで腕の中に閉じ込められたオレは、何だか拍子抜けした心地で呟いた。  あの後水泳大会は今度こそ終了し、生徒達は各々部活に行くなり帰路に着くなり、解散の運びとなった。タカはオレを家まで送っていくと言い張ったけど、タカには部活があるし、オレはオレで生徒会の一員として水泳大会の後始末があるしで、とりあえずはそう説得していつも通りに別れた。  一応、周囲の目を気にして九重とは別々に(オレはタクシーで)帰ったけど……。タワマンに()いて九重はこの通り水泳大会での騒動などまるでなかったかのような振る舞いだ。いや、むしろ拗ねていつもより甘えんぼモードになってる気すらする。  彼の主張はこうだ。 「あんなの、従う必要は無いだろ。学校ではまた面倒なことになったが、帰宅後のことなんて風見も知りようがないしな」 「……まぁ、それもそうかもしんねーけど」  そんな適当でいいのか?  タカの真剣さを思い出すと、オレは九重ほど楽観視出来ない気分だった。押し黙るオレに、九重は不機嫌そうに零した。 「大体、何だアイツは急に。お前が消えた後風見と一緒に戻ってきたが、あの時に何かあったのか」 「それは……えぇと。み、水着が破けちまって」 「は?」 「縫おうかと思って、裁縫セット取りに教室戻ってたら、オレが居ないのに気付いてタカが探しに来て……それで一緒に戻ったっつーか」 「……本当にそれだけか?」  我ながら苦しい言い訳だが、ここは頷いておくしかない。  九重が何某か続けようと口を開いたその時、不意に緊張感のない陽気なメロディが場に流れた。青いネコ型ロボットの国民的アニメソング。オレの携帯電話の着信音。この曲は――。 「五十鈴先輩?」  途端に、九重の声が尖った。 「何の用だ」 「オレに聞かれても」  それは当人に聞いてみなければ分からない。鞄に入れっ放しだったスマホを取り出し、通話ボタンを押して耳に当てる。 「はい」 『あ、トッキー?』  耳馴染みの良いバリトンボイスが聞こえてきた。でも、そこにいつもののんびりした調子はなく、何だか少し慌てた様子だった。 「センパイ、どうしたんですか?」 『あのね、インターホンが鳴ったからドアスコープを覗いて確認してみたんだけど』 「あ、センパイ今オレのマンションですか?」 『そう』  次にセンパイの放った言葉に、オレは自分の耳を疑うこととなった。 『それで今、玄関の前にタカっちが居るんだけど』  ――え!?

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