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10-1 幼い誓いと、新たな決意。
第十章 天の川を越えて
「ごめん……っ」
タカが泣いていた。
誘拐騒動が一段落した後、初めてタカと面会を果たした時、タカはオレの姿を見るや真っ先にその腕にオレを閉じ込めた。そうして、喉をすり減らして、謝罪の言葉を叫んだ。
「ごめん、トキ! そばにいたのに、何もできなくて……守れなくって、ごめん」
震える手、揺れる声。
いつもは気丈に振舞って、自分がいじめられても決して涙を見せなかったタカが、この時、初めてオレの前で泣いた。
「怖かったよな……ごめん、ごめんな。もう絶対、お前のそばを離れない。今度こそ、守るから」
語られる決意は、自責の念に塗 れていて……胸を締め付けられた。
違う、タカのせいじゃない。だから、そんな風に自分を責めないでくれ。
「……オレの方こそ、ごめん」
背に手を回して、抱き締め返した。応えるように、強く。
「心配かけて、ごめん。タカこそ、怖かったよな」
目の前で友達 が攫われたんだ。どんなに気を揉んで、どんなに怖かったろう。
――あの日、タカが〝守る〟とオレに誓ったように、オレも密かに誓ったんだ。もう、タカにこんな想いをさせないようにしよう、って。
なのに。
◆◇◆
コツン、と軽い叩音が耳に届いた。ハッとしてそちらの方を見ると、ベランダの窓に五十鈴センパイの姿があった。
「センパイ!」
小声で呼び掛けて、そっと扉を開く。五十鈴センパイは、おどけた調子で自身の肩を抱いて見せた。
「夏場とはいえ、流石に夜になるとベランダは冷えるね~」
センパイはずっと、そこに居たのか。冗談っぽく言ってるけど、寒いのは確かだろう。申し訳なくなって、眉を下げた。
「すみません、何か羽織るものを」
「ああ、いいよ。トッキーが謝ることじゃないし、おれは平気。それより、聞き耳立ててたけど何かそっちは大変そうだねぇ」
オレは無言を返した。〝大変〟という言葉に肯いてしまうと、またタカを傷付けるような気がしたから。
「タカっちは、お風呂中だよね。抜け出すなら、今の内かな」
靴と荷物を手にして、センパイがベランダから入ってきた。そのまま忍び足でリビングと廊下を横切り、玄関の方へと向かう。見送るべく後に続いたオレに、センパイは手を差し出してきた。
その手に視線を落とした後、オレはそっと頭 を振った。
「ごめんなさい……オレは、行けない」
センパイは微苦笑を浮かべ、小さく息を吐いた。
「うん、そう言う気はしてた」
「オレ、もうタカのこと、裏切りたくないんだ」
――もう、これ以上タカを苦しめたくない。
「だから、ちゃんと話をして、タカに納得して貰えるまでは、逃げたりしないって決めた」
これにはセンパイも少し驚いたようだった。次の言葉までに、数秒の間が空いた。
「話って、レンレンのこととかも、全部正直に話すの?」
「ん……変に隠してる今の状態だと、かえってタカの疑心を煽るだけだから」
〝何も言うな〟という九重の命令には背くことになるけど。
「それ、大丈夫なの? トッキーはレンレンにも脅されたりしてるんでしょ? 何か報復されない?」
……センパイにもバレバレか。
「たぶん……それはもう、大丈夫なんじゃねーかなって」
アイツ は、オレの水着姿ですら皆に見せるのを渋ってた。水泳大会の広報写真も、結局九重の一言で五十鈴センパイがピンで写ってるものが採用されたくらいだ。
そんな奴が、オレの恥辱画像を世間にばら撒くとは、到底思えない。
「全部話して……その上でオレが今は自分の意思で九重の所に居るんだってことを、伝える」
命令でも脅迫でもない、オレがそうしたいから、そうしてるんだって――。
「そしたら、タカの誤解も解ける筈だ」
だけど、五十鈴センパイは難しい顔だ。
「うーん、そう上手くいくかな。あの様子だと、タカっちは簡単には納得してくれないと思うけど」
「ダメでも、何度でも説得してみるよ。だから、それまでは……センパイも、寝床を提供するって約束だったのに、追い出すような形になって、すみません」
「あーまぁ、仕方ないよ。おれはまたどっか適当に泊まるから、その辺は気にしないで。あ、〝おはぎ〟のことだけはよろしく」
こくりと首肯で応じると、センパイはふと真摯な瞳を向けてきた。
「もしも抜け出せなくなって、苦しくなったら、いつでもおれを呼んで? おれがここから、キミを連れ出してあげる」
最後にいつもの剽 げた調子でウインクをして見せ、センパイは颯爽と部屋を後にした。
オレもぼんやり玄関に突っ立っている訳にはいかない。タカが浴室を出る前に、もう一つやっておきたいことがあった。
リビングに戻り、スマホを手にする。連絡帳のハ行、〝バカ〟で登録されたままの九重のアドレスを開いた。タカに話をする前に、九重には事情を説明しておきたい。
電話を掛けると、ツーコールもいかない内に回線が繋がった。
『遅い』
いつもの言葉。不機嫌な声音。やっぱりお怒りだ。
「悪い。なかなか連絡出来るタイミングが無くて」
『何だ、まだ風見と居るのか。今、何をしている』
瞬間、言葉に詰まった。何からどう伝えればいい。
「ごめん、九重。オレ、今日はそっちに帰れないかも」
『何?』
「タカ……本気だ。水泳勝負の条件」
しん、と刹那重苦しい沈黙が走った。怒っているのか惑っているのか、九重は低く唸った。
『どういうことだ』
「あのな、オレ……これから」
「――トキ」
不意に背後から呼び掛けられ、思わず肩が跳ねた。
「タカ!」
振り向くと、風呂上がりのタカが濡れ髪もそのままに険しい表情でこちらを見ていた。――しまった。話すのに夢中で、タカが浴室を出たのに気が付かなかった。
回線の先から九重の疑問の声が聞こえてくるが、それに返す余裕もなく、オレは固まった。
「……九重か?」
低い問い。咄嗟に答えられずにいると、タカはオレの返事を待たずに手の中からスマホを奪った。
「あっ……!」
「もしもし」
タカの応答から、九重がどんな反応をしたのかは分からない。少なくとも、タカは相手が九重だと確信したようだった。続けて、こう宣言した。
「トキはもう、お前の元には行かせない。用があるのなら、俺を介せ。じゃあな」
プツリと、そのままおそらく一方的に通話を切ってしまう。
「タカ!」
「早速お前に連絡してきたのか。油断も隙も無いな。これからは、アイツからの電話は取るな。まず、俺に回せ。生徒会の仕事も俺が付き添おう」
スマホは返却されたが、タカは頑なだ。このままじゃいけない。オレは改めて深呼吸して、慎重に切り出した。
「タカ……聞いてくれ。九重とのこと、全部話す」
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