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10-6 投じられた一石
「あー、終わった終わったぁ。トッキー、一緒に帰ろ~?」
「え?」
五十鈴センパイが伸びをしながらオレに振った。勿論嫌な訳じゃないけど、あわよくば帰りに四ノ宮の様子を見に……なんて思っていたもんだから、一瞬返答に詰まった。その間にもセンパイは話を進めている。
「ね? タカっちも、良いでしょ?」
「ああ……まぁ」
「やった~!」
タカが押されてる。五十鈴センパイは脅迫の件とは無関係なのだから、タカとしても無碍 には出来ないようだ。
それを承知の上か、次にセンパイはこんなことを提案した。
「あ、そうだ。ついでにいっくんのお見舞いに行かない? 手土産も買ってさぁ」
――!
「行く!」思わず叫んだ。横から「トキ!」とタカが咎めるように呼ぶと、センパイはすかさず、
「え~? ダメなの~? 可愛い後輩のお見舞いに行くだけなのに、何か都合が悪いの~?」
と捩じ込んでくる。タカはたじろいで、「いや、それは……」と口中で転がした。
「はい、じゃあ決定~♪」
強引にセンパイが判を押し、タカの反対を封殺する。よっしゃ、センパイ、ナイスだ! これで四ノ宮に会いに行ける。
「レンレンは帰んないの~?」
続いてセンパイが九重に声を掛けたものだから、思わずドキリとした。チラリ見ると九重は相変わらず書類に目を落としたまま、
「僕は少し残って作業していきますので、どうぞお先に」
と、釣れない返事を寄越す。見ていると辛くなるのでオレも目を逸らした。今はとりあえず、四ノ宮のことが先だ。……欲を言えば二人で話したいことがあるけど、それは流石にタカが許してくれないだろうな。
何か方法はないものか……。考えながら歩き出したら、タカの慌てた声が背に掛かった。
「トキ! そっちは」
直後、目の前に火花が散った。顔面に固い衝撃を受けて、よろける。
「いってぇ……」
何だ? オレ、何かにぶつかったのか?
「トキ、大丈夫か?」
駆け寄ってきたタカが、オレの状態を確認する。おでこ、じんじんする。と、そこへ今度は五十鈴センパイの鋭い声が飛んだ。
「上っ!!」
え? と思って見上げると、頭上から花瓶が降ってきて――。
目を瞑る間も無く立ち竦んでいると、間一髪、ぶつかる前に誰かの手がそれを空中で掴んで止めた。一瞬、タカかと思ったけど、違った。――九重だ。急いで来たんだろう、息を切らしてひどく焦った形相で、目が合うとハッとしたように瞠目してから、バツが悪げに顔を逸らした。
「……気を付けて」
ぽつりとそれだけ告げられ、オレも唖然としたまま「ありがとう」を返した。
……何だよ。もう無視するんじゃなかったのかよ。そういうことされると、混乱するじゃん……。
心臓が早鐘を打つ。たぶん、驚きのせいだけじゃない。
「花鏡、二度目やな」
呆れたようにツッコミを入れたのは八雲だった。「え? そうなの?」と訊ねたのは五十鈴センパイ。
「ああ、前にも棚にぶつかって落下してきた花瓶の水を頭から被った事があるんや」
あれは違うけど……。どうやら今回オレは入り口に向かったつもりで棚に激突したらしい。考え事してて前見てなかったからな……くそ恥ずい。
「花瓶の位置変えたら?」とのセンパイの言に、萌絵ちゃんが「生花じゃなくて造花にするようにしたんですけど」と冷静に返す。それらを聞くともなしに聞きながら、オレは再び机に戻る九重から目を離せずにいた。
それから、今度こそ生徒会室を出るまで、もう目が合うことはなかった。
◆◇◆
学校を出ると、オレ達は駅前デパートの食料品売り場に向かった。
「手土産なら、絶対庵幸堂 のクリーム最中 だよ!」
と五十鈴センパイが激推しするので、それを入手する為だ。最近巷で人気の和スイーツらしく、ただでさえ混雑した売り場に於 いて、庵幸堂のブース前には更に長蛇の列が出来ていた。
「うわ、めっちゃ並んでる」
「……別のものにしないか?」
感嘆の息を吐くオレと、げんなりするタカ。五十鈴センパイは駄々っ子のように唇を尖らせた。
「だ~め。おれも食べたいもん、クリーム最中~」
「それ、先輩が食べたいだけじゃ……」
「まぁ、美味しいよな、もなか」
メス猫飼ったら、今度は〝もなか〟にするのも有りだな。そういや、〝おはぎ〟の飼い主探し、全然してねえや。もう、オレが飼うんで良くね?
「トッキーは分かってるぅ♪ それじゃ、早速並ぼっか~」
促されるまま最後尾に付けて、いくらも経たない内にセンパイは今度は、「てか、おれトイレに行きたいんだった」と言い出した。
「皆は~?」と問われてタカが「俺は別に……」と返した後、センパイがオレに向けてウインクをして見せる。
「! オレも、行く!」
たぶん、今のは何らかの合図だ。オレの返答を聞くとセンパイは満足げに笑んだので、きっと、これで正解。
「だったら、俺も」
「だ~め。一人は並んでないと~。先におれ達が行ってくるから、タカっちはそこで待ってて~」
ついて来ようとしたタカを制して、センパイがオレの手を引く。不服そうなタカに「ごめん、すぐ戻るから」と告げ、連れられるままに列を離れた。
暫く歩いて、人ごみに紛れた頃、改めてセンパイがオレに振り向いた。
「さて、いっくんと何か二人で話したいことでもあるんでしょ?」
「な、何で」
「分かるよ。タカっちとの様子見てれば、何かあったんだろうなってことくらい。トッキ―、ずっといっくんの机の方を気遣わし気に見てたし」
……凄い。センパイはやっぱり、何でもお見通しだ。
「レンレンとも何かあったみたいだけど、今は聞かないでおくね~。さ、行っておいでよ。タカっちのことは、おれに任せて」
頼もしいセンパイの言葉。オレは力強く頷いた。
「ありがとうございます!」
タカには後で、うんと謝ろう。そう決意しながら、オレは走り出した。
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