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そのゆび
【はじめてのゆび】
冬が去り、外の気温も綿が入った上着を羽織っていると少々汗ばむくらいまで暖かくなった頃。
それは、ノラが天境館につれてこられて三度目くらいの春の日だった。
三年目から、獣魔狩りのたまご達は、一人前になってからも共に仕事をしてゆく相棒を決める。
三年目が始まって七日目の彼の隣にはもう、サジという同い年の少年がいた。
相棒の決め方はそれぞれで、友人同士でもくじ引きで決めても良かったのだが、ノラとサジの場合は少々違う成り行きだった。
一日目の講義の最後に、それぞれ相棒を決めるよう師範に言われた後、ノラとサジだけが呼ばれて教室に残された。そして、二人で組むよう言い渡されたのだ。
ノラとサジは教室では顔見知り程度で、これまでの二年で言葉を交わしたことなど数えるほどだった。なので師範のこの言葉に二人は首をかしげた。
ノラにはもっと仲がいい友人達がいて、本当は彼らの誰かと組むつもりであった。
サジは人付き合いが上手い方ではなく、どちらかというと一人でいることのほうが多い。組み分けで余るのを心配した師範たちの、サジへの配慮だろうかとノラは見当をつけた。
それならば仕方ない、とサジは諦めをつけようとした。
それが勘違いだということや、組まされた本当の理由を知ることになったのは、それからまもなくのことだった。
天境館の中庭にある大きな桜の木が満開になっていた。
夕の稽古をおえて食事の後の自主学習をする頃には、外は完全に夜になっていた。
書庫から本を借りて寮に戻る途中のノラとサジは、二人で同時に足を止めた。
庭を挟んだ反対側の外廊下を行く若い獣魔狩りを見つけたのだ。
「ダルガさんだね」
サジが呟いて、ノラも頷いた。
ダルガは獣人の血が濃い男だった。
天境館には純粋な人間以外の者も多く所属している。
だがほとんどは中での業務であって、狩り師として働いているものはあまり多くは無かった。その少ない狩り師の中でも彼は一番獣人の血が濃いかもしれない。
体つきは人間の形をしているが、人と肉食獣――虎の中間のような顔立ちをしている。肌は褐色で、顔や身体には黒い縞がうっすらと浮かんでいる。
仕事の報告書を提出しに行くのか、ダルガは上層部の人間達がいる棟へと歩いていった。
二人はその姿を見送ってから、顔を見合わせた。
「ダルガさんの皮膚ってね。俺達のみたいんじゃなくって、天鵞絨みたいなんだって。先輩が言ってた」
サジの言葉にノラは溜息をついて笑んだ。
「かっこいいよねえ」
噂に聞く武勇もその精悍な容姿も、二人にとってダルガは憧れだった。
「俺、ああいう獣魔狩りになりたい」
「でも僕たちは虎っぽくないし」
「――顔に刺青とか?」
「あの縞はダルガさんだから格好いいんだよ」
気がつけばいつの間にか打ち解けていた二人は、そんな会話をかわしながら再び歩き出す。
ダルガを見るたびに心がざわりとする感覚を、お互いに隠していた。
そしてその感覚を、二人はまだ強い武人に対する尊敬と憧れであると信じて疑っていなかった。
その憧れが違う感情であったと知ったのは翌日の夜のことだった。
それは唐突に『来た』。
腰の奥に激しい違和感を感じてノラは眠りから呼び戻された。覚醒して感じた腰の違和感は、最初は痛みだった。
この痛みは何事だと考えているうちに、それは瞬く間に焼けるような疼きに変化した。
それが何かを理解して、激しい混乱と羞恥とで身体をよじる。
狼狽えた声が聞こえてそっちを見ると、この二人部屋の相棒もまた同じように身体を震わせていた。
自分とサジに何が起こっているのかと冷静に考えようとする意識と一緒に、熱に浮かされている意識が混ざり合う。
この身体をどうにかしてほしい。だれか。何が起こった。だれか。だれか。助けて。
気を失う間際に、ノラは上質の天鵞絨のような指が自分の身体に触れる夢を見た。
ノラが次に感じたのは、やはり痛みだった。
先ほどの痛みとは違うものだが、それでもやはり失っていた意識を取り戻すには十分すぎるほどの痛みだった。
目隠しをされていた。体が動かないと思ったが、やがてそれは誰かに抱きしめられているからだと悟る。ぴったりと抱きしめられて、足の間にその相手の身体があると知る。
けれど、相手の身体が動くたびに自分の身体が激しく痛む理由がわからなかった。
何度か突き上げられ、ようやく、自分が何をされているのか理解した。
そのときノラの心にあったのは悲しみや憤りではなく、信じられないことに『安堵』だった。
この何者かがノラの中へ突き入れるたびに、気を失う前にあった自分の中の焼けるような感覚が、一枚一枚剥がれてゆくような気持ちになったのだ。
やがて自分の中で何かがどくどくと脈打ったあと、間もなくしてノラの体の異常は完全に治まった。
ノラを抱いていた何者かは、ノラの体が弛緩したのを確認して体を離す。
敏感になっている腰からずるりと熱が抜かれ、その感覚でノラは弱々しくだが声を上げた。
ぷんと血の匂いがした。
相手はその声と出血に一瞬動きを止めて、労るようにノラの頬に指先で少し触れた。
けれどそれだけで、何か言う事もなく黙って部屋を出て行ってしまった。
抱かれている最中は気がつかなかったが、ノラの頬に触れたその指は、やはり純粋な人間の皮膚ではなかった。
それだけをぼんやり感じ取ったが、疲れ果てたノラはそのまますぐに意識を失った。
目が覚めると朝だった。
目隠しは取られていて、それでここが自分の部屋ではないと知る。
夢かと思ったが、体にはありありと『出来事』の跡が残っていて、すぐに昨夜のことが現実であったと知る。
内腿についた血の筋は、もう乾いていた。
自分一人で、サジの姿は無かった。
部屋の外から、医務室の職員の一人が声をかけてきた。
わけもわからないまま言われたとおりに部屋の中に用意された水で体を洗い、身支度を整える。
外に出ると間もなく、別の職員に連れられてきたサジと合流する。
二人は黙ったまま、お互いの顔を見ることもできなかった。
そのあと連れて行かれた天境館の責任者の部屋で、彼らは偶然にも似かよった自分達の出生の秘密と、二次成長と共に兆候を現し始めたその身の宿命を教えられた。
二人の宿命。
獣人の精を受けなければ気がふれてしまう体質になるかも知れぬというのは、天境館の研究者達によって実は数年前から師範側に報告されていたという。
師範達もそれに備えて、二人の体がもしその兆候を見せたときに『対応できる者』を用意していたという。
昨夜別室に移された二人を『治療』したのは、事情を知った上で協力を申し出た、天境館内部の獣人あるいは混血の者であること。
事情を知る者は皆、ノラとサジの味方であると言い聞かされた。
だが、混乱を避けるために自分を抱いた者は探らない事を二人は固く誓わされた。
自分の身体の秘密に呆然としながら、二人はそれでも頷いた。
いくら治療であっても味方がいても、どんな事情があっても、自分達を気持ち悪く思うものも天境館にはいるだろう。
その気持ち悪い自分達を抱いてくれる者の名が明らかになったら、今度はその人の立場も悪くなる。
――本当に頼りあえるのは、真に信じられるのは、この相棒だけだ。
呆然としながら、それだけは確実に恐ろしい現実味を持って理解した。
並んで立っていたノラとサジは、無意識に互いの手をぎゅっと握っていた。
「我々は君達の味方だ」
そう繰り返す師範たちの言葉はただぼんやりと流れるように聞こえていた。
【あなたのゆび】
サジがヒオウに攫われてから間もなく、上層部の命令で先輩の獣魔狩・ダルガがノラの相棒につけられた。
ダルガと組むように言われてもノラは驚かなかった。そうなるだろうと予想していた。
初めての発作からサジと組んで獣魔狩の仕事に出られるようになるまでの間、ずっと自分の発作を抑えていたのはダルガだとノラは薄々気がついていた。
彼と組んだ日の内に天境館近くの夫婦者向けに作られた部屋に移り住み、その晩に彼と身体をあわせ、そして改めて『やはり』と確信した。
その皮膚の天鵞絨のような感触も、ノラを愛撫する時の指の癖も、ノラの体は全て覚えていた。
あのときの相手を詮索するつもりは無いけれど、と、抱かれながらノラはダルガの耳元で前置きして、
「ねえ、僕の抱き方はこうじゃないでしょう。解らないふりしないでください」
とささやいた。
するとダルガは小さく笑って、何年も前にした通りに動き始めた。
「――昔は、早くお前を楽にしてやりたくて、ただ出す為にあんなに荒く動いたのに。痛いだろう」
「けれど、僕の身体はダルガさんの『あれ』で覚えた。あ、あ――そう、これ……ッ」
「今はもう、お前を優しく抱きたいのに」
少々強く突きながら、ダルガが言う。
「じゃあ、また僕にたくさん教え直して。でも今は……」
それ以降は、ノラの口からは言葉となった声は出てこなかった。
サジの生死や自分の無力さや、そういった様々な不安や悔しさが溜まりすぎていた。
心が壊れる寸前だったノラは、ダルガに無我夢中ですがりついた。
「――お前の発作の話を聞いたときに、俺はすぐお前の『治療』の相手になりたいと上に頼み込んだ」
抱かれながら聞こえたダルガの言葉に、ノラは喘ぎながら何度も頷いた。
「お前が好きだった。気を悪くしないでくれ。一目見たときから好きだった」
それも後で知った。
サジと旅をするようになって、その時の話をしたことがある。
サジの相手は、感覚の限りでは毎回変わったという。一度サジを『治療』した者は二度目は来なかったという。
ところがノラの相手は最初から最後まで同じ人物だった。
褥を重ねるたびにノラの身体の反応をおぼえてゆく天鵞絨の肌の人物。
そのときには自分を『治療』した相手がダルガと薄々わかっていた。ずっとダルガであった事情もそれで何となく察した。
故に、おそらく自分と同じ思いを抱いていたサジに申し訳なくて、
『僕の相手も、色々変わったよ』
と嘘をついた。
サジ、ごめん。ごめん。
抱かれて半分意識を飛ばし、ノラは泣きながらうわ言のように繰り返した。
ダルガはあやすように何度もノラの頬に自分の頬をつけた。
「落ち着いたら助けに行くぞ。上から、お前が狩に出ても良いと許可が出たら。――大丈夫だ。サジはきっと生きている」
そう言って、ノラに口付をする。
ああ、と泣きながらノラは気が付いた。
――キスって、今日までしたことなかった。
――――――
部屋の灯りは消えているが、通りを照らす夜の賑わいが窓の外からさしこんできて、室内はぼんやりと明るい。
外からの彩りに照らされてぼんやりと浮かぶのは、ノラの白い肢体だった。
その身体と優しく絡みあっているのは、彼と組んではや数ヶ月たった獣人と人間の混血の男だった。
ノラの身体は、彼・ダルガが初めて抱いた頃よりはるかに成長していて、子供時代の名残であったふっくらしたものから、無駄な肉が落ちた身体へと変わっていた。
けれど獣魔を発作の餌としてきた彼の体は、男の身でありながら男の体の芯を強く疼かせる、吸い付くような艶かしい脂をその腰から脚にかけて湛えていた。
ダルガはノラの発作があるなしに関わらず、ノラが嫌がらなければ夜は体をあわせた。
愛しいと思った。
容姿だけでなく、ノラの全てが愛しかった。
『じゃあ、僕にまた教えなおして』
そう言われたとおり、ノラに優しくゆっくりと身体をあわせることも教えた。
そうやってほぼ毎晩抱き合っているせいか、組んでからというものノラの身に発作はおきていない。
上層部はそろそろ警戒を解いて、軟禁状態からノラを解放する動きを見せていた。
ノラがサジを心配して泣くことは減るだろうと安堵しながらも、その反面ダルガは彼の身を心配する。
――サジを攫った蟲人は、サジを気に入っていたと聞く。
ダルガはノラの胸に点々と赤い色を落としながら、天境館の獣魔狩りを手に入れた獣魔の事を思う。
――そいつもサジが愛しいのだろうか。
――閉じ込めてしまいたいほど。誰の目にも触れさせたくないほど。
ここ最近、明らかに色気が増し始めたノラを見てダルガはそう考える。
敵であるその獣魔に微かに共感してしまっている。
「ダルガ、さん……っ」
胸の突起に舌を這わせると、ノラは震える息と一緒に身を捩った。
その熱っぽい唇に口付したあと、ダルガはノラをうつ伏せにさせ彼の秘部に自分のものをあてがった。
やがてノラがもらした声は、最初の時のものよりも苦痛がなく、組んだその夜の時のものよりも悲痛でなかった。
甘い溶けそうな溜息と声で、ノラはダルガを深くまで受け入れた。
最初の『治療』で血を流したそこは、相棒となって契る今は柔らかく熟れていた。
――ああ、やっぱり。愛しい。
あでやかに乱れ始めるノラを見て、ダルガは思う。
蟲人がサジを手放さない理由が、今の自分と同じ気持ちからきているのであれば。
――ああ、少し同意してしまっている。
危険な考えだとは解っているのだが……と、ノラを抱きながら、ダルガは、自分の思いに苦笑した。
「来週あたり、街の外に出られそうだ」
呼吸が落ち着いてきてから、ダルガはノラに言った。
ノラはダルガの腕の中で、先までの余韻に目を薄く閉じている。
ダルガに執拗に攻められた奥がまだ反応しているらしく、時折、ぴく、ぴくと腰を震わせていた。
「……聞こえているか?眠いか?」
返事を返さないノラの額にダルガは唇を押し当てた。
ノラはくすくすと笑った。
「聞こえています。聞こえていますとも」
ノラはそう言うと、ゆっくりと上体を起こしてダルガの上にのしかかった。
「嬉しい」
上気していた彼の肌にまたすこし赤みが増した。
「嬉しい。ようやく……ようやく、サジを探しに行ける」
喜びに声を震わせて、すうっと微笑むノラの顔を見て、その妖艶さにダルガは内心で呻いた。
ノラは堪らないようにくっくっと笑い、ダルガの物を口に含む。
「ノラ……」
けして小さくない彼の物がノラの形良い唇を割り裂いているように見え、ダルガは思わず声を漏らした。
すぐに硬さを取りもどした物から口を離し、ノラはそこに自分の秘部をあてがってゆっくりと腰を沈めてゆく。
「嬉しすぎて、また熱くなりました。ねえ、指を。指を……」
そうねだって、自分から緩やかに腰を揺すりながらベルベットの指を根元近くまで口に含んだ。
艶美なノラの微笑みに魅入られながら、競り上がってくる熱を感じてダルガは彼の腰をきつく掴んだ。
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