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狂夏の盛1
【サジの夏】
本格的に夏の空気になった、ある日の夕刻だった。
「今夜からしばらくはこの館を出んことだ。門の内側と中庭なら俺の力がしっかり効いているから大丈夫だろうがな」
ヒオウは窓から外を見ながら、彼から五人分ほど間をおいて床に座っているサジに言った。
サジは胸元と裾をはだけさせたまま、無言で目で『何故?』と問う。
昼過ぎにヒオウが乱したその姿を直していないのは、一年を通して適温を保つこの館の中にいても少々蒸し暑いからだった。
サジの顔を見返して数秒おいてから、ヒオウは一人で納得したように頷いた。
「今日は多少の暑さを入れてはみたが、ずっとこの館で過ごしていれば確かに季節感は狂うな。夏の始まりは何に気をつけていた?獣魔狩殿よ」
そういわれて思い当たり、サジはああとため息をついた。
この季節は獣人、蟲人の繁殖期だ。
ヒオウのように力が強い上級から人間と中立で暮らしている中級タイプの者達なら性欲は季節にあまり左右はされないのだが、多くを占める低級タイプは種族に関わらず何時にも増して貪欲になる。
ノラと二人で動いていた頃は『ちょっと出歩けばすぐ発作を治める餌を見つけることができる楽な時期』という認識でいたが、ヒオウにさらわれて以来狩りに出ることもなく、発作の心配も無くなったので、すっかり忘れていた。
「夏のはじめから半月くらいが、人間にとっては一番危険な時期」
「我々とお前たちの間で一番血が流れる、双方に行方不明者が一番多く出る時期でもある。そら、お前の先輩も今の時期に天境館から姿を消したろう。運良く生きているがな」
ヒオウの言葉をサジは聞こえないふりをした。
「あんたが俺をここにさらってきたのは去年の夏の終わり。時期の割には引っかかる餌が少ないと思ってたんだ」
あまり思い出したくはないが、時期の記憶ともにサジの中にヒオウとの出会いという忌まわしいエピソードがよみがえってくる。
「初めて会ったのは一昨年のこの時期だったか?たいそう甘やかに誘ったのはそっちの方だろう。お前は運がいいぞ。雑魚に捕まっていたら、今頃生きてはいまいよ」
サジには嫌な記憶だが、ヒオウにとっては愉快な出来事らしい。
「雑魚が相手だったら負けるものか。あんたが相手だからこんな事になってる」
憮然とした口調でサジがそう言うと、ヒオウは目を細めた。
それ以上サジをからかいはしなかったが、さらってきた頃と比べると(好意の有無は別にして)口数が多くなったのが嬉しいらしい。
【クウトの夏】
「今夜からしばらく家を出ない方がいい。外の用事は俺が出るし、俺がいないときは戸締まりをきちっとしてくれよ」
用事で街から戻ってきたムユマが、扉や窓の鍵を点検しながらクウトに言った。
外はもう日が落ち、星が見えていた。
だが外も中も、蒸し暑い。
「夜中までにもう少し気温が下がってくれればいいのだが」
クウトは呟いて部屋の灯りを極力小さくした。
ムユマがヒオウの知り合いだった縁で彼の力が及ぶ場所に住居を構えさせてもらってはいるが、その土地でも端の方である。
先日不審者がサジを襲おうとしたらしいとも聞く。
外に灯りを漏らすのはあまり得策ではない。
「もう少し明るくしろ」
ムユマが気遣って言うとクウトは微笑んで首を振る。
「あんたの顔が見える明るさがあれば」
数年前のこの時期。
まだ獣魔狩りであったクウトは、不意をつかれて蟲数匹に襲われた。
討伐を依頼された獣魔を追って、魔窟と呼ばれる質の悪い者達が多くいる場所に迷い込んでしまったのだ。
目的の獣魔は倒したが怪我を負い、そこを複数で襲われ逃げ切れず、彼は数日の間貪られ続けた。
その悪夢のような場所は、昼でも日の光が届かない地下だった。
「この時期の真っ暗闇は、正直今でもとても恐ろしいよ。でも、暗闇に目が慣れたときに助けに来てくれたあんたの顔は今でも覚えてる。だから、あんたの顔が見えるなら多少暗くてももう怖くない。あのときに比べれば何倍も明るいんだ」
心底惚れてしまった元好敵手の微笑みと改めての告白に、ムユマは顔を赤くし柄にもなくもじもじと視線を迷わせた。
そして自分の中で薄く頭をもたげてくる欲望に額を押さえた。
「……おかしいな。いつもはこの季節でも影響されないんだが」
それを見たクウトは、珍しく悪そうな微笑みを浮かべる。
「あまり暑くならないなら引き受けるぞ?」
「それは無理だ……蚕ルーツの繁殖期は自分でも呆れるくらい助平で長くてしつこい」
きっと泣いてしまうぞ、と、ムユマはクウトの額に自分の額を当てた。
そういいながら、その手は既に衣服の上からクウトの胸を弄っている。
ふふ、と笑ってクウトは衣服を緩めた。
ムユマのものへ手を伸ばすと、それは布の上からでも解るほど熱く硬くなっている。
「早っ」
「だから呆れるくらい助平になるといったろ」
「影響されないくせに」
「俺はクウト限定なら発情期がくるんだ」
「それは今に限ったことじゃないだろ」
「そうだ。好きだよ」
誰に聞かれるわけでもないのにひそひそと囁き合いながら、二人の影は一つになった。
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