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狂夏の盛2

 夕刻から異様な気配を感じていた。  すぐに多くの獣魔達の繁殖期が始まったと気がついたが、鈴蘭には逃れる手だては無い。  まあ、いつもより少々客が多いだけのこと。  そう自分につぶやき、店の者に促される前に自分から通りに面した格子の部屋に入る。  鈴蘭のこの店での人気は今のところ上々の方だった。  程良くついた筋肉の割に華奢で体の線が美しく、しまりがよいと噂が流れた。  天境館で強いられ作り上げてきた偽りの性格を脱ぎ捨て、この場所でようやく出すことができた本来の柔らかく甘え上手な性格も人気の一つだった。 『元天境館の獣魔狩り見習い』という肩書きが命取りにならずに、かえって人気の一つになっているのも、一人一人の客に偽りなく情を交わすからだろう。  格子の向こうには懐に多少の余裕のある者達が行き交い、各店の娼婦や男娼たちを値踏みしていた。  鈴蘭の値段は少々高いが、今夜は懐より欲望を優先する客が多い。  すぐ最初の相手が決まるだろう。  格子にもたれて外を眺め、客が微笑んでくると微笑みを返す。 「鈴蘭ちゃん。今夜の衣は随分薄いな」 「だって、今夜から暫くお客さん達はしたくてしたくて余裕がなくて、誰も『衣が似合う』なんて言ってくれないじゃない。下手したら破れたり汚れたりしてしまうかもしれれないし。だからそうなってもあまりガッカリしない衣でいるんだ」 「なるほど確かにだ。そういう俺も今にも誰か抱きたくてしかたねえ」 「じゃあ俺にしてよ」 顔なじみの蟲人の客が通りかかり、そんな冗談を言い交わす。  お前にしたいけど、懐がな。  そういってその蟲人は、鈴蘭の隣の少女を選んだ。  気まずそうな少女の頭をなでて笑って送り出してから、彼は蒸し暑さにため息をついて伸びをした。  ほら裾がはだけてるぞ。  通りがかりでからかってゆく客にも笑って手を振る。 「あんた楽しそうだな。本当に元獣魔狩りかよ」 最近ここに売られてきた同業者が、皮肉っぽく声をかけてきた。  人と鳥人の混血か、腕が翼になっている男だ。  鈴蘭は再び格子に背中をもたれさせ、その皮肉に腹をたてるでもなくふぅんと鼻をならした。 「楽しいってわけじゃないけど前の職より楽かな。取り繕わないでいても誰かしら一人は俺を見てくれるし……わっ」 言い終わらない内に唐突に背中に何かが当たって、思わず声を上げる。  振り向くと、一人の男が格子越しに鈴蘭の背中に顔を付けていた。 「どうしたの、お客さん」 鈴蘭が訪ねても、男は何も答えない。  お世辞にも上等といえない通りの中にいても、その男は汚れた格好をしていた。  耳が毛むくじゃらで丸く、鼻先も薄く毛がある獣人だった。  髪はぼさぼさで、目は前髪の奥に隠れて見えない。 「俺のお客になってくれるの?それとも、この店に馴染みの奴がいるの?呼んでこようか?」 男の厚い前髪の奥をのぞきながら鈴蘭はのんびり聞き直す。  が、やはり男は答えずに、ふすふすと鼻先を動かしていた。 「――え、なに?何か臭うかな。一応さっき体は拭いたけど」 よく見てみると、その男は自分と同じくらいの年頃のようだ。  獣人の外見が年齢に比例していればの話ではあるが。 「お客さん。あんたのルーツは?あんたも、今の時期にとてもしたくなる種族なの?」 男は無言のままで、黙々と鈴蘭の臭いを嗅ぐ。  だがその後すぐに店の者が来て鈴蘭が指名されたことを知らせ、格子から引き離された。  鈴蘭を指名したのは以前何度か相手をしたことがある蟲人だった。  その客は嫌いではない。  だが今夜、その客は初めて見る友人を二人連れてきていた。  その二人も蟲人で見た目は人より蟲の割合が多い。『蟲』寄りの蟲人だった。 (友人と言うのは嘘だ) 鈴蘭は直感でそう解った。  きっとその辺で拾った与太者だろう。  目がぎらぎらして顔つきも悪い。顔見知りの客とは明らかに雰囲気が違う。  けれど、相応の料金は受け取ったと店の者に言われてしまえば、もう鈴蘭に何を言う権利もなかった。  個室に通された途端、鈴蘭は『友人』二人に押し倒された。  布団の上に行き着くこともなく、衣は乱暴に破かれた。  慣らされることも潤滑油を使われることもなく、いきなり足を開かされて突き入れられる。  痛みに悲鳴を上げようとした口に、もう一人の『友人』が馬乗りになり人間とは違う形状のそれをねじこんできた。  そこから、鈴蘭の記憶は途切れ途切れだ。  いつもは優しいその客が、一つ離れたところで鈴蘭が陵辱される様をじっとりとした笑みを浮かべて眺めていた。  その生殖器は衣の下からでも屹立しているのが解った。 (ああ、この時期だから。優しい人だけど、この時期だから)  飛び飛びになる記憶の合間に、鈴蘭はそう考える。  与太者二人に汚され尽くした鈴蘭を、優しい言葉で介抱する趣向なのだろう。  二人の『友人』はかわるがわる鈴蘭を犯し続け、幾度も中と口に精を放った。  むせて咳込むと、それが気に入らなかったのか首を絞められた。 「おう締まった締まった。痛ェくらいだが塩梅がいいや。おいもっと絞めろ」 鈴蘭の足の間で腰を動かしている蟲人が、大喜びで鈴蘭の首を絞める蟲人に言う。 「こら、壊すな壊すな」 眺めていた馴染みの蟲人があわてて乱入し、首を絞める『友人』の手を払った。  そして耐えられなくなったのか、鈴蘭の中に放った直後の方の『友人』を引きはがし、自分のものを入れてくる。  前の男の精液がたっぷりとあふれているおかげで、鈴蘭の腰は難なくそれを奥まで飲み込んだ。  はがされた方の蟲人も未だ欲が治まりきらないようで、鈴蘭の口に入れようと頭の方に這いずってくる。  華奢な身体が三体の大虫に休み無く蹂躙され続ける様子と音は、もしそこにまた別の人がいたならば正視できるものではなかっただろう。 「ああ可哀想に可哀想に。こんな乱暴にしなくても良いものを。可哀想に」 用意していた台詞らしい。  その言葉を猫なで声で繰り返すだけで、馴染みの蟲人も結局二人と同じように鈴蘭の身体を蹂躙する。  抵抗する気はないが痛みで力が入らず、鈴蘭は下も口もされるがままになった。 「可哀想にぐったりとして。動けないのか。手も動かないか。ん?」 蟲人の声がぼんやりと聞こえる。  つまり少しは動けということだ。 『ごめん、でも無理だよお客さん。三人にのしかかられてちゃ』 そう言いたいが、口はいっぱいにふさがれている。  身体のほとんどを押さえつけられて、自分の腰を乱暴に突いてくる感覚だけが鮮明だった。  彼らのそれは歪な形で、本当は鈴蘭の悦い場所にあたりもしない。  精液に媚薬効果はある種族もいてそれならばまだ楽なのだが、この男と『友人』達の体質には備わっていなかった。 「アア……アア、やはり獣魔狩りの尻は塩梅がいい」  早く気が済んでくれという鈴蘭の願いが届いたか、蟲人の息づかいがそろそろ終わりを迎える音になってくる。  ああ、ようやく。  自分の中を突く早さが変わり、相手の口からうめき声が漏れ始める。  にわかに外が騒がしくなった気がしたが、こんな夜だ。殺気だった客達が喧嘩でも始めたのだろう。それよりも後少しで客達が身体から離れてくれる事の方が鈴蘭には重要だった。  腰と腰が当たる音より喧噪の方が大きくなったと感じたのはそれからすぐで、蟲人が絶頂の呻きをあげたと同時に鈴蘭は閉じていた目を開けた。  びゅ、と中に液体が吐き出される感覚があった。と、顔に覆い被さっていた『友人』二人の身体が消えていた。  鈴蘭の口に生殖器だけをつっこんだまま、その体は四散していた。  何も解らない鈴蘭の目に移ったのは、飛び散る彼らの血肉とその上を飛び越える影であった。  鈴蘭の中に入れたままでいる蟲人はなにやら叫んだが、すぐその影に脳天から叩き潰され、その頭部は己の腹にまでめり込んだ。  頭部に押し出された血が抜かれぬままであった生殖器から鈴蘭の中に吹き出し、鈴蘭は激しい圧迫感にのけぞり叫んだ。  苦しさに蟲人の体を自分から引き離そうともがくが、脳と分断された蟲人の胴体であったものは、鈴蘭の身体にしがみつき痙攣したようにまだ腰を動かしている。  動かされる度に、中に放たれた体液と内蔵の細かな破片が鈴蘭の中からぐちゃぐちゃとこぼれた。  乱入してきた影はその蟲人の残りの体をつかみ、鈴蘭から強引に引きはがした。  ズルッという感触、痛みとともに圧迫が消える。  ようやく口のなかにつっこまれた肉棒を吐き出すが、何が起こったのか未だ鈴蘭には解らない。  しんとなった部屋の中で、その影がじっと自分を見下ろしていた。  そして鈴蘭の傍らにかがみ、顔を近づけてきた。  厚い前髪。ふすふすと動く鼻先。 「あんた……」 身体が痛くて身を起こせないまま鈴蘭はつぶやいた。  先ほど店の格子越しに出会った、妙な獣人だ。  その男は再び鈴蘭の臭いをかぎ始めたが、蟲人達の臭いが強いのか低く唸り、自分の衣の袖で鈴蘭の顔をゴシゴシ拭った。  そしてまた鼻を近づけて幾分かしつこく嗅ぎはじめ、陵辱の辛さで目の端にたまっていた涙の部分に鼻先が当たると、そこを舐め取った。  そこまでされるがままでいて、ようやく鈴蘭はこの男は目が不自由らしいと気がついた。 「お前の匂いだ」 男は唸って、鈴蘭の身体を布団の敷き布で包み肩に担ぎ上げた。  男の肩に腹が当たって圧迫され、中に残っていた蟲人の血肉が鈴蘭の太股をつたって布と男の衣を汚してゆく。  だが、男はそれは気にならないようだった。  男の手には鋭い爪が伸びていて、それであの客達を引き裂いたのだろうと鈴蘭は考えた。  そうと解ったところで逃げる体力も無い。鈴蘭は男に荷物のように担がれたままになった。  男が部屋から出ると店の者やほかの客は遠巻きに様子をうかがっている。  誰も鈴蘭を助けようとしないし、彼もまた助けは求めなかった。 「どこにゆくの」 ぼんやりと男に聞く。  男は店の外への臭いをたどっているのか、まるでちゃんと見えているかのように歩いてゆく。 「ここじゃねえ所だ」 鈴蘭の問いに男は低い声で答えた。 「どこだよう」 その答えに鈴蘭は笑って聞き直しながら、そしてゆっくり目を閉じる。  鈴蘭の身体から力が抜けたのを感じて男は一瞬立ち止まったが、気を失っただけと解るとまた歩き出す。  そのまま店を出ると、騒ぎを聞きつけ集まっていた者達がざっと後ずさった。  数人が男に近づこうとするが、ほかの者に止められた。  店の中では店主がため息をつき、部屋の掃除と死体の処理を指図していた。 「おとっさま、鈴蘭あにさんは」 夕刻に鈴蘭の隣にいた少女がおびえながら聞くと、店主は首を振った。 「あの獣人は、これと決めた相手を生涯変えない種だ。繁殖期で相手を探しに出てきて、鈴蘭が『合う』相手だったんだろう。運が悪いが、あれは獣人のなかで相当凶暴な奴らだからな。無理に奪い返そうとしたらもっと店に被害が出る。殺された客を見ただろう。勿体ないが鈴蘭一人で済んで良かったと考えるほかなはないのさ」  なんといい匂いだろうとアギリは思った。  子供の頃の怪我で目はぼんやりとしか見えないが、格子の向こうで微笑んだこの男の顔はほかよりはっきり見えた気がした。  声も好きだ。  最初はたまらなく良い匂いだと思って夢中で鼻で追ったが、自分に向けて話しかけられたとき、胸の奥がはぜた。  こいつだ。  こいつしか手に入れたくない。  アギリの頭の中は鈴蘭と呼ばれた青年でいっぱいになる。  やがて格子から離され鈴蘭は店の中に消えていった。  ここが何をするところかアギリには解らなかった。  格子越しにほかの者に聞いて、そして自分と対になるべき者がほかの男に弄ばれていると知った。  ためらう理由はなかった。  アギリは鈴蘭の匂いを追って店の中を歩く。  そして、忌々しい蟲人どもが鈴蘭を蹂躙している様を感じ、怒りと共に爪で引き裂いた。  蟲人どもの血や体液に汚されていたが、邪魔なものを拭くと、ちゃんと鈴蘭のあの良い匂いがした。  もともと無愛想だが「どこにゆくの」と聞いてきた鈴蘭の声の弱々しさに、また蟲人達への激しい怒りがわいた。思い切り低い声になったのはそのせいだ。

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