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第39話

男は日本刀を素早く床に置くと、構えた。 「遅い!」 構えの隙間から拳を捩じ込み、脇腹を抉るように殴る。だが男はその心の腕を掴むと自分の方へ引き寄せ反動を利用して、心の鳩尾に膝を入れた。 刹那、二人は弾かれるように離れた。 「ふーん」 なかなかやるな。膝もしっかりしてるし、反応も早い。だが…。 「それだけ」 心は言うと、グッと男に近付き胸倉を掴んだ。あまりの早さからか、仮面の男は抵抗が出来ないようだった。 心はそのまま男の鳩尾に拳を入れた。ぐぅっと、啼くような声が聞こえた。 屈みこむ男の身体に、廻し蹴りを喰らわす。ザッと下がった男が、素早く床に置いた日本刀の柄を握り鞘から抜いた。 心は数歩下がると、足下の鞄を思い切り足で踏んだ。すると、中からまるで生き物のように刀が立ち上がり、心はその柄を掴むと鞘からゆっくり引き抜いた。 「遠慮はいらん、来な」 心は構えずに男を手招きした。 スピードはさすがだ。動いたと思った次の瞬間には、刀が高い音を出して合わさっていた。 ギチギチ哭く刀。互いに一歩も退かない。だが、心はニヤリと笑った。 「俺の勝ちじゃ」 心の言葉に、一瞬怯んだ男の隙を心は逃さなかった。ドカッと男の腹を蹴飛ばし、男の身体を床に転がす。 咄嗟に立ち上がろうとする男の刀を握った右手を容赦なく踏みつけた。 「残念でした」 そう言って刀を振り上げた。 「そこまで!!!」 怒声とドンっという銃声が轟いた。刀を掲げたまま、声の方に顔を向ける。 そこには銃を天井に掲げた長身の男が立っていた。 その男の顔を見て心が首を傾げる。そして次の瞬間、その男の顔をはっきり認識出来たのか、心は露骨に顔を歪めた。 「は?…彪鷹(あやたか)?」 「パパッて呼びな、バカ息子」 アヤこと彪鷹はそう言って、煙草を銜え火を点けた。 「どういうことや」 心はまさかと刀の切っ先を足下の男の仮面に引っかけ、剥がした。 「…龍大?」 面の下の顔は、風間組組長風間龍一の一人息子、風間龍大だった。 通りで良い動きをするはずだ。龍大を鍛え上げたのは他の誰でもない、心なのだから。 「ごめん、心」 龍大はバツの悪そうな顔をして、心に頭を下げた。 何がどうなっている?いきなり現れた見知った顔に、心は舌打ちした。 「おい、連れてこい」 そんな心を気にせずに彪鷹が言うと、立て掛けられてた板の影から人が出てきた。 田中が長身の男の服を引っ張るように出てくる。その長身の男は、アイマスクとヘッドホンをされ腕は後ろ手に縛られていた。 「ええ趣味やな」 心が鼻で笑ったが、最後に出てきた男を見た瞬間にその笑いも引いた。 「…静」 同じようにアイマスクにヘッドホン。腕は後ろ手に縛られていて心には気がついていない。 何が起こっているのか分からない風で、キョロキョロしていた。 「心、俺はオヤジに忠誠を誓った男や。せやけど、そのオヤジも今は雲の上。お前が背負うとるんは、そのオヤジや俺や山瀬の兄貴が血ヘドはきながら守ってきた組や」 「たがら何や」 「その組の大将が、まさかほんまに一人で来るとはな。このガキのために」 彪鷹は静に視線を送った。 「俺を育てたんは、他の誰でもあらへんアンタや」 「売られた喧嘩は全部買えとは言うたなぁ。でも、ここ使えとも言うたやろ」 彪鷹は自分の頭を銃口でコンと叩く。 「面倒なことが邪魔くさいんまで、俺に似らんでええねん。産みの親より育ての親て、あれ、ほんまやなぁ。オヤジに似らんで俺に似とるて、よー山瀬の兄貴に言われたわ」 「彪鷹の育て方が悪かったんやろ」 相変わらずの減らず口だと彪鷹は笑った。これも育て方かと、親なりの反省をしてみる。 「関西弁もなぁ。お前、俺とおった時は、背筋寒うなるよーな言葉やったんに」 「俺は元々関西やし。そんなんどうでもええ、これはどういうことや。龍大まで狩りだして」 心は身体の埃を払う龍大を、刀の切っ先で差した。 龍大が動いているという事は、色々な人間が全てこの事を承諾しているということか。 結局、内部の犯行って訳か。 「お前は一緒におったら危機が起こる思うて、吉良を離したんやろ?泣かせるやんけ、名前とちごうて“心”なんかあらへん男が」 彪鷹は余程可笑しいのか、珍しく声を出して笑った。 「でもな」 ぎらり、彪鷹の目が光った。 「こーしてお前がここにおるいうことは、お前は吉良のためなら、それが地球の反対であろうが行くってこてや。元に眞澄ともモメた」 「あれは眞澄が仕掛けてきた」 「やとしても。お前はこいつのためなら動くっちゅーこった」 「…彪鷹、俺は」 「極道舐めんなよ、心」 ぐっと彪鷹の声が低くなった。 「舐めたあらへん」 「吉良の情報なんぞ、他の組の奴等が調べたらすぐにバレる。今、オマエを狙ってるんは誰や?来生や。心、知ってるか?来生は神童とも手組んでんぞ」 「…神童?」 十分に考えた後、思い出せないとばかりに首を傾げた。それに彪鷹は大袈裟なほどの、溜め息をついた。 「ほんま、オマエは何も覚えへんなぁ。あれやあれ、リオ。お前がそうネーミングしたやろ」 「…ああ」 心は思い出したようで、ふんと鼻を鳴らした。 神童と逢ったのは心が中学の時。そんなものを覚えておけという方が、無理な話だ。 「鬼塚心には大事なもんがおる。ほなそれ使おう。拉致ろう。で、お前はのこのこ一人で北斗も付けんとどこでも現れる。で、ドカン……お前は死ぬ。リスキーやないか」 彪鷹は心に銃を向けた。心はそれを微動だにせずに見つめた。 「いつでも死ね言うたんは、アンタや」 「極道が生にすがるな言うたんや」 「静はカンケーあらへん」 「来生は嗅ぎ付けたで」 「手ぇ打つ」 「ほな殺せ」 彪鷹の言葉に心がハッとする。 彪鷹はニヤリと笑うと、心に向けてた銃を静に向けて引き金を引いた。 ドンッ!と乾いた音がした。 「うわっ!!」 静を連れていた田中もろとも、二人して弾け飛んだ。 「威乃!!!」 それを見た龍大が田中を”威乃”と呼び、慌てて駆け寄る。 威乃と呼ばれた田中は頭を打ったのか手でそこを押さえながら起き上がったが、静は胸から血を吹き出し微動だにしない。 ヘッドホンも弾け飛びアイマスクも取れているが、そこに見えた瞳は閉じたままだった。 「彪鷹ぁぁぁぁぁぁあああ!!」 それを見た心は、一直線に彪鷹に向かった。 その目はまさに獣。牙を剥き出した獣と化した心を見ても、彪鷹は怯む事無く、寧ろ喜んでいる様にさえ見えた。 心は、そんな彪鷹目掛けて一気に刀を振り下ろしたが、彪鷹はそれを銃で受けた。 ギリッと刀と鉄の合わさる音がして、彪鷹はぐるりと銃と共に易々と刀の向きを地面に変えた。 そして体勢を崩した心の腹に、思いっきり蹴りを入れた。 「お前を育てたんは俺や。勝てるかいな。喧嘩は熱なったほうの敗けや言うたやろ?忘れたか」 彪鷹は膝をついて自分を睨み付ける心の目の前で、ゆっくり煙草を噴かした。 「…この」 「これが現実じゃ!!心!!」 彪鷹の怒声が、ビリビリと倉庫内に響いた。 「……」 「お前は常に狙われる人間じゃ!!お前に関わった奴は、全員同じじゃ!!俺が腐るほど言うてきたやろうが!!それが鬼塚組背負うとる使命じゃ!!」 「じゃかましい!!組がなんぼのもんじゃ!!」 「し、…心…?」 今にも消え入りそうな声が心の耳に響き、心がハッとした。 倒れて血塗れの静がゴホッと咳をしながら、ゆっくり身体を起こした。 「静…?」 血塗れの胸元を押さえながら、静はゴホッと咳を繰り返した。 「…血のりや。心」 何が起こっているのか分からないという顔の心にそう言い、龍大が器用に片眉を上げた。 「…なに?」 「ふっ、あーはっはっは!!あほぅ!俺がそないな非道なことするか!」 「俺は、やり過ぎや言うてんけど」 ゲラゲラ笑う彪鷹を横目に見て、龍大がばつが悪そうに頬を掻いた。 鎮火された怒りが、別の形で沸き上がりそうになってくる。 そうだ、長らく逢っていなかったから忘れていたが、この男はこういう男だった。 「やけどな、血に塗れた吉良を見ろ。これが現実じゃ、心。コイツがほんまもんの血で染められたなかったら、龍大みたいにそばにおいて死ぬ気で守らんか」 「……」 心は彪鷹を無視して、静の元に歩み寄った。近くに来た心を見て、静は俯いた。 こうして心に刀を握らせるのは二度目だ。 「ごめんな…心」 結局、迷惑を掛けているんだと、静は声を絞り出した。 「…くそっ!」 そんな静を心は力の限り抱き締めた。

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