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第40話

「アヤさん…?」 抱き締められながら静は彪鷹を見上げた。 何が何だか分からず、彪鷹の後ろに居る威乃にも怪訝な顔を見せる。 それもそうだろう。気がつけば心が居て、刀を握っているのを見るかぎり一戦交えた様な感じだ。 彪鷹達が心の敵もしくは鬼塚組の敵かと思いきや、それも違うようだ。なぜなら敵対している者同士にしては、空気が張りつめていない。 何がどうなっていて、一体、彪鷹達は誰なのか。 威乃の横に居る龍大と呼ばれた長身の男は見た事もない顔で、一体、目隠しをされている間に何があったのか。 もの凄い衝撃で身体は吹っ飛んだが、傷一つない。だが服は血に塗れている。 仮面を付けた龍大がガサガサと身体を探っていたと思ったのは、血のりを装着するためだったのか。 混乱する頭を整理しようにも、情報が少なすぎて考えたら考えた分、混乱した。 「堪忍、騙してもうて。俺は佐野彪鷹。心の親父。心に灸据えに来てん」 ククッと喉を鳴らして笑う彪鷹を見て、静はなるほどと妙な納得の仕方をした。 彪鷹がとても心に似ていると思ったのは、血縁者だからか。灸を据えるために、わざわざ店に通って時期を待ったのか…。 とりあえず敵ではないことが分かり、静はホッとした。 「あほか、血の繋がりは一滴たりともあらへん」 彪鷹の言葉に、心は忌々しげに静の顔に飛び散った血糊を拭う。いつになく苛々しているなと思いながら、静は首を傾げた。 「ないの?」 「あらへんわ、先祖代々辿ってもな」 血縁者ではないと言われた方が、何だか妙な違和感を覚える。それこそ嘘付けと言いたくなるほどに二人は似ている。 だが心の父親にしては、確かに彪鷹は若過ぎた。 「…田中もヤクザ?」 静は龍大と何やら話をしている威乃を見た。 「あ?ちゃうちゃう。俺、威乃。個人的恨みから参加」 ニヤッと笑う顔は、どこかいたずらっ子を思わすそれで、静はそれにフッと笑った。 「個人的恨み?貴様なんぞ知らん」 威乃の言葉に反応して心が明け透けに言うと、龍大は嘆息し威乃は固まった。 おいおい、待てオマエと言わんばかりの顔だ。 「心が俺を切りつけようとした時、威乃もおったやん」 やれやれとばかりに言う龍大に、心は知らぬ存ぜんの顔だ。 それを聞いた静は、オマエは暇さえあれば刀を振り回しているのかと呆れる。 この平成の時代に刀を振り回す男が居る事すら滑稽だ。 「…俺、オマエの事なんか切ろうとしたか?」 都合の悪い事は全て忘れます、過去の事は責任持てません。全身からその空気を醸し出す心に、龍大は唖然とした。 そして威乃は呆れてものが言えないとばかりに、松岡の拘束を解き始めた。 「あっ!松岡さっ」 すっかり松岡の存在を忘れていた静は、慌てて松岡の方へ行こうと腕を伸ばす。だがガッチリと心に身体をホールドされて動けない。 全く無関係の松岡を巻き込んでしまったと静は身体を捩って松岡のところへ行こうとしたが、心がそれを許さなかった。 そんな攻防をしている間に威乃に拘束を取られた松岡は頭を振り、全員の顔を見渡した。 アイマスクをされ真っ暗な状態でずっと居たため目が慣れないのか、普段から悪い目つきを更に険しくしてキョロキョロしていた。 強面に拍車かかってるよ、松岡さん。 「終わった?」 目頭を押さえ、松岡が言った。終わったってなにが? 「松岡さ…」 「お前が付いてながらこのざまか、雨宮」 心の鋭い声に静が驚く。何?何言ってんだ? 「雨宮?何言ってんだ、この人は松岡さんっていうんだぜ?」 静のバイト先の先輩で、バーテンだ。”雨宮”なんて名前じゃない。 誰と人違いをしているのかは知らないが、相変わらず礼儀を知らない男だと呆れる。 「申し訳ありません」 「え?」 松岡は静の目の前で心に深々と頭を下げた。 「は?」 その情景に静が目を白黒させた。 なんで?何を頭下げてんの?松岡じゃないの?雨宮? え?どういうことなの??一体、この人、誰!? 「まあ、彪鷹相手ならしゃーないか。彪鷹知ってんの、相馬だけやしな」 「やっぱり心のコマか」 彪鷹が近くにあった大きな木箱に腰かける。混乱する静をよそに、彪鷹と心が話を始めた。 「は?え?」 静の頭の中は、まさにパニックだった。 雨宮って?松岡が雨宮?雨宮が松岡?一体、何がどうなってるんだ!? 煙を上げそうな頭を振りながら心を見上げる。それに気がついた心は静の身体を離すと、静の乱れた髪を整えるように撫でた。 「雨宮は俺の部下や。とは言っても表に立たん男やから、誰も知らん。俺や相馬も、そないに雨宮にはコンタクト取らん。雨宮を使うとるんは崎山や。実際、此処に雨宮がおるんには俺も驚いた」 静に説明するように言うと、心は徐に自分の鞄の側まで行き中から鞘を取り出し刀を納めた。 「松岡さん…」 大きな目を更に大きくして、静が松岡を見た。その目には混乱の色が隠せない。 無理もないだろう。完璧に心から離れたと思っていたのに、結局は心の配下に居たのだから。 しかも、がっつり監視付き。心の与り知らぬ事とはいえ、静にしてみれば善い気はしないだろう。 「悪かったな、吉良。因みに松岡は偽名だ。雨宮だ」 少し困った様な表情で雨宮は言った。 「お前、あれか、隗真会(かいしんかい)志木(しき)組壊滅した奴か?雨宮なんちゅうねん?”せいいち”なんかおかしい思うてん。オヤジの名前拝借か」 彪鷹はクツクツ笑いながら言う。そんな彪鷹を雨宮は横目で見て鼻を鳴らした。 「どこの誰か分からない人間だったからな、アンタ。本名は雨宮…雨宮 或人(あると)」 「雨宮はな、俺の(たま)取るために組におんねん」 心が雨宮に刀の入った鞄を投げながら言う。雨宮はそれを受けとると、肩に掛けた。 「また、お前はそないな酔狂な真似を」 「心を?」 彪鷹は半ば呆れたように言ったが、静は驚いた顔を見せた。 松岡が雨宮という名前で心の部下だというのは分かった。だが、心の命を狙っているというのは理解に苦しむ。 命を狙われるなんて、極道なんてことをしてれば珍しい話ではないだろう。だが自分の命を狙う人間を手元に置くとは、どういうことか。 説明されたところで俄に信じられない話だった。どう見ても、雨宮は心の忠実な部下に見える。 静を助けたこと然り、忠実な部下ではないと出来ないことだ。 静の混乱する様子が分かったのか、雨宮はフッと笑った。 「ま、事実だぜ。話したろ?最後にやった極道が半端ねぇ奴って。俺が襲撃したのは、この鬼塚組組長。まぁ、失敗。で、組長が自分をやるんなら、近くにおった方がやり易いやろうって言われてな」 「悪趣味やな」 彪鷹がフンッと鼻を鳴らした。 確かに悪趣味極まりない。これで殺されても文句は言えないだろう。 「あんたの教えや」 俺の趣味じゃない、オマエの趣味だと言わんばかりのしてやったり顔。 その言葉に彪鷹は肩を竦めた。 「そんなん教えたっけ?」 過去の事は知りません、覚えていません。まさにそう言いたげな顔。先ほども見た様な光景。 どこかの誰かとそっくりで、やはりお前ら親子だろうと静は思った。 「大体、彪鷹、ムショにおったんやないんか」 「俺が?そないなヘマするかいな。立件されずや」 ふふーんと勝ち誇った様な顔を見せる彪鷹に、心は舌打ちする。 「ぶちこまれたら良かったのに」 「パパは嫌われものやな」 「なんで彪鷹が動いとんねん。黒幕は誰や」 「梶原のおっさんに決まってるやん、龍大がおるんやで」 彪鷹が視線を右に動かし龍大をチラリと見た。 「なんで梶原が」 「お前の扱いに困っとるてな。風間のオヤジに楯突いて、眞澄を半殺し。かと思うたら元凶の吉良を放して、心自身が仁流会の地雷みたいなっとるってな」 クククッと何が可笑しいのか笑い、彪鷹は煙草を地面に落とし爪先で踏み潰した。 「パパは静養してたのよー。やのにこの狩りだし。貴様ごときクソガキに」 本心。心の底からそう思っているというのが、良く分かる言い方。 感情を剥き出しにするところまでそっくりで、場違いな可笑しさを覚える。 「ちゃんと組はデカしたやんけ」 「北斗あってこそやろ」 「北斗…。そう、勝手に組出てきた。今ごろ北斗が俺を血眼なって探しとる。彪鷹が怒られてや」 「何でやねん」 「あいつ、怒らしたらしつこいから。なあ、俺もあんたにサプライズプレゼント」 「いらーん、オマエからプレゼントなんか、ろくなもんやないもん」 手を振って、聞きたくないというジェスチャーを見せる彪鷹に、心は口角を上げて笑った。 「鷹千穗(たかちほ)、預かってんで」 心がそう言って鼻で笑うと、彪鷹の顔が少し強張ったように見えた。 彪鷹の知り合いだろうか?静は首を傾げた。彪鷹の顔を見る限り、歓迎!逢いたい!という雰囲気ではないのは見て取れた。 「やっぱ、こっち来たんか。ほらな、オマエのサプライズプレゼント、ろくなもんやないやん」 やはりと言うべきか、彪鷹は苦笑いを浮かべて俯いた。 「あんな手の付けられん猛獣、他に誰が飼うねん。うちでも持て余してるねんで」 「組に戻るつもりあらへん。やから、プレゼントは受け取られへん」 「何言ってんの?あんた。今まで好きにしたやろ?」 「俺は風の向くまま、放浪するんが趣味や」 「はぁ?我が儘もいい加減にさらせや」 「嫌じゃ、ボケ、俺はフリーダム」 子供の喧嘩かという様な攻防が続く。彪鷹は組に戻りたくないようで、一向に心の言葉を受け入れようとしない。 どういう経緯で彪鷹が組から離れたのかは知らないが、堅気になった男に組に戻ってこいというのもどうかと思う。 静からすれば、彪鷹の言い分は尤も至極なことだ。 「鷹千穗に彪鷹のこと言ったら、どないなるかな?」 心が子供のように駄々を捏ねる彪鷹に言うと、彪鷹はピタリと表情を固まらした。 二人の会話を聞く限り、鷹千穗という人物は彪鷹のウィークポイントらしい。 案の定、彪鷹の眼光が鋭くなった。 「親を脅す気か、心」 「パパと居たいだけや」 「嘘つけ!このどら息子!お前が好きなように動きたいからやんけー!!」 広い倉庫内に、彪鷹の叫び声が響いた。

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