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#1 朝

 頭が重い。脳への酸素供給不足のようなものを感じる。  それでも開いたワークの英文を訳して意訳を書いているうちに、頭の中はクリアになっていて、宿題の箇所を全てやり終えた後は、安堵と達成感で今朝から感じていた頭痛は若干引いた気がした。  持ち帰ることの叶わなかった宿題が、比較的得意な英語で良かった。  だがすぐ身内に重苦しいものを感じて、僕はシャープペンシルを置き片手で頭を抱えた。  大袈裟にならないようにしたつもりだが、溜息が漏れてしまう。  どんなにそうしても頭と胸を巣食う重苦しさはきっと解決することはないのに。    昨夜(きのう)、僕はほとんど眠ることが出来なかった。  帰宅して家族と過ごしているうちは何とかやり過ごせた。  だけど夜部屋で一人になって、眠ろうとするともう駄目だった。  目を閉じると、放課後の柚弥(ゆきや)の姿が思い出されて、堪らなかった。  打ち消そう、忘れようとして何度も寝返りを打ったが、無駄のつぶてだった。  教室から離れた後、体内を支配していた熱情は無理矢理押し殺したつもりだった。だが眼裏に浮かぶ彼の姿はやはりまざまざと鮮明で、――みだらで、彼のことを思いながら何かしてしまいそうで、恐ろしかった。  それを阻止するため、寝返りを打ったり、起きたり、気を逸らそうと何か始めてみようとしたりして、ただ時間だけが過ぎていく。  眠らなければならない。明日から、通常通り一時間目の授業が始まるのだ。  そう思っても眠れない、だが疲れからかいつしか気を失うように寝ている瞬間もあって、そうやって浅い眠りを繰り返すうちに、気づいたら朝になっていた。  本来の目的であるワークを持ち帰ることが出来ず、当然英語の宿題は取り掛かれない状態だった。  それを思い出したのは家に帰ってから暫く経ってからだ。あまりにも目の当たりにした光景が衝撃的すぎて、帰宅中の思考を思い出せない。  宿題を済ませるためやむを得ず今日は三十分近く早く登校し、現在に至る。  宿題を終えて辺りを見渡す。朝のSHRまであと10分程だ。机に着いているものの、皆思い思いに談笑に花を咲かせ、教室は朝の賑わいで活気づいている。 「松ちゃん! あれ、宿題今やってるの?」 「うん。昨日、うっかり忘れてきちゃって……。もう終わったんだけど」 「へえ、しっかりしてそうなのに!」  クラスメイトとの他愛ないやり取りにも自然に応えられて、心が和む。  こうしていると、昨日あったことが夢のように思われてくる。  昨日、この場所で、あんな出来事が行われていたのに。  今いるのは、いつもと変わらない、皆笑っていて賑やかでありふれた、明るい日常の世界だ。  夢だったのかな。いっそ、夢だったら。夢だったら、良かったのかな……。  緩んだ気から、そんな思考へ頭が浮遊し、気が楽になってしまいそうになる。  そんな僕を現実に引き戻すように、後ろのドアが軽快に開いた。

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