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#2 絶好調と絶不調
「おはよう、裕都 君!」
ぱっと辺りが明るくなるような声で、振り返らなくても、朝に相応しいぴかぴかの笑顔が見えてくるようだった。
本来なら、最も聞きたい声の筈だ。だが今は、最も聞くのを恐れていた声だった。
先程まで無人だった、窓際の一番後ろ、――僕の隣に、柚弥が軽快な足取りで近づいてきた。
「…………おはよう」
辛うじて、返事はすることが出来た。
だけど駄目だ。全然駄目だ。明らかに声のトーンが昨夕より三段階は落ちているし、何より、まともに彼の顔を見上げることが出来なかった。
不自然に動悸がしてくるのを拒めなくて焦りを感じる。
柚弥は、一瞬不思議そうに表情を止めて僕を見た。だがすぐに前の席の生徒に話しかけられて顔を上げる。
「ユッキー、はえーな! 朝の会の前に来ることあったか? いつも途中からか、下手したら授業始まってる最中に忍びみたいに滑り込んでくるのに!」
「もう言わないでよ! 恥ずかしいなあー。だって今日からは、俺の隣には素敵な友達がいるんだからあ!」
そう言って柚弥は嬉しそうに僕を見ながら、肩から下げたスクールバッグを自分の机に掛けた。
そんな風に思って早く来てくれたのかと、胸が傷んだ。
それと同時に、昨日はそこまで感じなかったのに、彼が来た時から、彼が纏う香水だと思うが、佳い香りが甘くさりげなく鼻腔を掠めてきて、僕の心をより落ち着かなくさせていた。
「ねえ裕都君、昨日部活どうだった? 何個か見たんでしょ。前テニス部だったんなら、またテニス部入るの? カズ君がさ、学級委員のね。テニス部のエースなんだよ。
見せて貰った?」
「うん。テニス部は、見せて貰った……」
「そっかあ俺もさあ、部活は入ったら楽しいとは思うんだけど、放課後忙しくなるのがちょっと嫌というかー。まあ踊るのとかは得意だから、結構ダンス部から誘われたりはするんだけどね。でもそこまで真剣でもないから、却って悪いというかあ。文化祭とかで頼まれたら、ちょっと出たりするんだけど。……あ! てか天文科学部、行った!?」
「あ、行かなかったな、結局……」
「あはは、だよねー! いや違う、馬鹿にしてるんじゃないよ、素敵だと思うよ。星を観るのはさ……。でもさ、中々ハードルが高いというか……。あーあ、金塚君も部員が少ないのは、寂しいみたいだけどね。俺も誘われたことあるよ。『君、水瓶座なの? そのまんまだね』とか何とか言われて……」
昨日に引き続き、柚弥のお喋りは朝から絶好調だった。
それはそうだ。彼の中では、僕との繋がりは昨日の放課後の前までで終わっている。
だけど僕は違う。本当だったら、彼のお喋りにそのまま楽しく付き合っていたかった。
なのに胸を巣食う動揺をどうしても処理できず、当たり障りのない返事を一言返すくらいしか出来ずにいた。
柚弥は、喋りながらも僕の反応を見て少し気にするような視線を時折向けていた。
だけど朝の賑やかな往来の中、「あ、オリちん。昨日アップしたやつ観たよ。あのネタは、ちょっとイマイチだな」「ええ!?」他の生徒にも声を掛けたりして、そこまでまだ僕の異変にとらわれていない様子だった。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、「席着けー」と横山先生が教室に入って来た。
柚弥が既に登校しているのがやはり珍しいのか、ちらとこちらを見た後少し驚いたように二度見して、「……はい日直ー、」咳払いをして教卓に着いた。
皆んなが着席し、SHRが始まる。
柚弥の隣はしばらく無人だったと昨日本人から告げられていた。
だから嬉しいのだと、笑ってそれも教えてくれた。
現に今隣にいる柚弥からは、鼻歌でも歌っているような楽しげな空気が伝わってくる。
このまま、彼の隣で過ごしていけるのか。
楽しげな柚弥の明るさを知れば知るほど、僕はこの胸に潜めた暗澹たる思いがどんどん沈んでいくのを感じた。
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