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#25 諦め、悪いんだ
教室に着いたのは、5時間目が始まる3分前だった。
あの場から腰を上げるのには、正直相当なこころの推進力と、背を押される力が必要だった。
だけどもう何も振り返らず、半ば自棄のようにして脚を運んで来て良かった気がする。
結局、枠からはみ出た生き方の出来ない自分に自嘲はあるものの、
始業前のドアに手をついた時に感じたのは、やはり一定の安堵だった。
窓際に目をやると、柚弥 が机に突っ伏しながら、封がしたままのチョコクロワッサンを手の中で弄び、諦めたように袋の中へ戻し入れているのが見えた。
傍らにはストローの刺さったいちごオレがある。
僕が戻って来たことに気付くと、伸ばした腕の中に沈んだ顔が僅かに上がり、瞳が緩んだ。
「——……おかえり」
椅子を引き、座りながら応える。
「…………ただいま」
「良かった。戻って来てくれて」
腕の中から唇も昇り、見せた笑みは、昼下がりにそぐいどこか気怠げなものだった。
「…………うん」
「裕都 君、お昼食べた……?」
「……うん」
「そう。俺も食べたよ。筋子のおにぎり、マッハで。……ちゃんと食べれた?」
「うん。来る前とか、あと、歩きながらも少し……」
「あはは、結構ワイルドだな」
ごめんね、時間なくて、という彼の呟きは、5時間目の本鈴と先生の入室のもとへ立ち消えて、裏山から戻って来た僕達の会話は、それきりになった。
それからの柚弥の態度は、昨日からのものと、何ら変わりはなかった。
傍 から見たら、昨日の放課後、今日の午前中、昼休み。僕達の間にあった何かなんて、殆ど気取られることなどなかったと思う。
午後の授業から、柚弥は昨日同様僕の世話を焼いてくれたし、授業中の雑談もこっそりしてくれた。
普通に笑みを見せてくれたし、軽口をきいて、休み時間には、他のクラスメイトも介して他愛ない話にも加わらせてくれた。
何も変わらない。昨日転校して来たばかりの生徒 と、隣の席の明るい彼。
僕と彼との間に、これからの学校生活における支障は、周りの皆を始め、先生も、何ら感じることのない安定したスタートを切れたように映ったことだろう。
だけど僕はもう感じていた。
きっと彼は、僕との付き合い方を『決めて』しまったのだと。
自分や、多分きっと、"僕のことをも"守るために。
普通に友達として、隣の席のクラスメイトとして、きっと彼はこれからも自然に笑ってくれる。
だけど、もうあの裏山に連れて来てくれて、桜の木の下で見せた笑顔や、あの場所へ供に行くことは、
もうきっと、ないのかも知れない。
それはそれで構わない。彼を非難できる訳がないし、むしろ、彼は彼自身を守るために、その殻で自分を覆ったのだ。
そしてそうさせてしまった原因は、少なからず僕にある。
そうであるのは構わない。
痛々しさ、やる瀬なさ。感じてる勿論。——なのに、ごめん。
ふた種類のごめん。だからとだけど、ない混ぜになっている。
君は君の思う通りに。
だから僕も、 ——僕の思った通りにする。
優しいって、よく言われる。
優しいって、 何だろう?
彼のことを思うのなら、そのまま彼の思うようにさせて、僕も彼の膜を通した表面上の友達として、振る舞うことが『正しい』のであって、
きっと、『優しさ』っていうものだろうに。
だけど僕は、やっぱりそれでは駄目だったのだ。
きっと君はまだ知らない。君はあんなにも君の奥 をさらけ出してくれたのに。
僕がこんなにも自分勝手で、"傲慢"だということに。
ああ僕は、馬鹿がつくほど実は頑固で、
おそろしく、諦めが悪いんだ……。
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