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きみの沈黙、僕の沈黙 #39 慈善 * | 蕚ぎん恋の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
きみの沈黙、僕の沈黙
#39 慈善 *
作者:
蕚ぎん恋
ビューワー設定
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#39 慈善 *
柚弥
(
ゆきや
)
の名前を聞いて、僕の抗いは確かに力を抜いた。 そこへ忍び込むように、耳を包むような、吐息から、梗介の唇がごく傍で開かれたことが感じられた。 挟まれる。耳を。唇のかたちが、わかってしまうほどに。 そして梗介も、僕の耳のかたちを辿るように、上の耳の輪から、下の膨らみまで、 何かを囁きかけるようにして、僕の耳を、焦れた熱をなすりつけるように、順々に蹂躙していくのだ。 まるで、口づけるように。 口づけ。 さっきまでは、触れていなかった。 その梗介の唇の熱を、捻れるようなじれったさで、直接耳に、彼の唇の輪郭をもって、触覚に塗り込まれているのだ。 優しい。さっきみたいに。 思いの外、決して奪われている惨めさを感じさせずに、ひどく優しいのだ。 口づけ。 先ほどの、訳が判らないまま塞がれていた自分の唇まで思い出されて、 あの時の、舌に乗せられた生温い感触、それをまだ
耳
(
そこ
)
に感じていない、それを期待してしまっているのかと、自分の得体の知れない情動がおそろしくて、 僕は身悶えるように声を上げた。 「先ぱっ……!」 自分の拗られた腕が邪魔で、背けようにも、顔は中途半端な芋虫のような
踠
(
もが
)
きにしかならない。 「先ぱ、お願いだから……!」 「ああ……?」 「口……っ、お願いです、お願いですから、退けて下さい……、 あと、そこで喋るの、やめて下さい……っ」 「
耳
(
ここ
)
が感じるのかよ」 さっきから、もう知ってる。と嗤うような冷めた息が触れる。 耳を
喰
(
は
)
んでいた唇が開かれて、その中の熱を、感じられるのかと、思いがけずきっと予期していた。 それなのに、もう飽きた、と言わんばかりにその唇は耳から温もりを離した。 安堵と落胆。呆れるけど後者をも感じて力が抜けた瞬間、またびくりとこもる。 ねっとりと、きっと覚えがある、妖しい
蛭
(
ひる
)
のような感触が首筋にぬめるように置かれた。 待っていた。きっとそれを。 そんなもの、本当は
希
(
のぞ
)
んでなんかいたくないのに。 蛭、というか獰猛なのに静謐であやうい
獣
(
けもの
)
に、味を確かめられているようだった。 耳の下から頸筋にかけて、その舌の
滑
(
ぬめ
)
りを確かに感じる、だけど決して浅ましさを思わせない、焦れるような密着を保ちながら、滑っていくのだ。 唇を開いて肉食獣のように舌を伸ばしている横貌は、きっと猥で美しい。 そんなところを、そんな風に舐められたことがあったか。 鋭敏になった触覚が伝播して、違うところも舐められているような、訳の判らない狂いと疼きがおこって、 押さえつけられている腕が、抗いと、身悶えへの混乱で、咥えられた弱者のように不規則な無様さで脈打つ。 「先、輩……っ……」 隠せずに、情けない声が滲み出ていた。 鎖骨で止まった黒髪の陰に、梗介の耳が見え、風のように漏れた溜め息に、それにすらふるえていた。 「……恐ろしいほど、何も湧いてこねえな。 半端に悶えるのはやめろ。現実を思い出して嘆きたくなる。 いっそ徹底的にマグロでいろ。多分その方がましだ」 首許の梗介が顔を上げ、辟易と歪められた眼許が伏され、また溜め息を零していた。 「当たり前だろ。そもそも俺にそっちの趣味はねえよ。どいつこいつも、男の
尻
(
ケツ
)
までご入用とは、まあ高尚で、恐れ入る」 じゃあ何故こんなことを。そして柚弥とは。 あらゆる疑問や混乱をきっと投げかけていた。 眼はあまり見えていなかった。薄く凍えた月みたいに上がった口角が、ひときわ瞳に焼きついたからだ。 「
あ
れ
は俺専属の特殊な肉便器だよ。 あまりにも需要が暴騰してるもんで、公衆にして分け与えてやってる。 慈善だろ?」 解ってる。盛っている。僕を煽るために。 それで血が昇る僕も相変わらずだった。 梗介の押さえつけていた手頸が、最も押し戻された。 だけど直ぐに壁面に荒く縫いつけられて、情けなくなる。 「まだ威勢は残ってるな。それ、
こ
っ
ち
の協力に使え。……申し訳ねえが、勃つ自信がまるでないからな」 「先輩、どうして……っ……」 「うるせえな。本当の柚弥君も、あっちの柚弥君も欲しい。自分の欲張りに大混乱の僕は、とにかく柚弥君のことが知りたい。 それならまずは、
か
た
ち
から、て言うだろ。 あいつだったら、股開いて腰
擦
(
なす
)
りつけて、既にどこかがびしょ濡れだよ。覚えとけ」 「……っ」 「その熱意にあまりにも感銘を受けたんで、及ばずながら、俺も協力してやろうかと発起したんだよ。……あれの発起が、追いついてねえけどな。 これも慈善だよ。あっちも慈善、こっちも慈善。俺の涙ぐましい慈悲深さも、いい加減認められて欲しいもんだぜ」 まるで熱のない賞賛を繰っていたから、どこかに隙はないかと僕は窺っていた。 それでも侵食されていたのは僕のほうで、いつの間にベルトから抜かれていたシャツの中に、気配もなく梗介の指は侵入していた。
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蕚ぎん恋
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