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#45 来なよ
辺りは夕陽の差す光に包まれているが、黄味の強い色に占められていて、まだ十二分に明るい。
とはいえ、帰宅に向かう生徒も疎らになってきて、僕は右手首のスマートウォッチを確認した。
午後五時 を周っている。昇降口が違うから、かち合うことはないだろうが、先程から話の流れのなかで時折掠める存在を、僕はやっぱり口に出していた。
「柚弥君……、」
「ん……?」
「……夏条先輩って、あれで大丈夫だった……?」
「ええっ……!? 知らないよ、あんな奴! あんなことしておいて、まだ気に食わなかったら、どうせ女のとこにでも行くんじゃないのか!
気にすることないよ。あ、俺が殴ったのなんか、ぬいぐるみがぶつかった、くらいの痛手 しか受けてないから。腹立つけど」
「……」
「……どうせ、きっと嫌なこととか、言われたりされたりしたんでしょ。裕都君も詳しく話すの、嫌だろうから、あまり深く聞かないでいたけど」
つい、答えられずにいた。柚弥の言葉全てがその通りじゃない。
確かにあらゆる面で抉られる言動は取られた。そしてしばしば見られた柚弥に対する扱いのぞんざいさは、変わらず引っ掛かかりを否めなかったのは事実だ。
だが果たして、それはそもそも僕が干渉できる領域なのか、——僕をはじくための、防壁 を含んでいたのではないか、
そして梗介 が口を開く前の、こちらの言った言葉達は、振り返ればどうだったのか、と。
思案に沈みそうになった僕の頭は、柚弥の言葉で前に引き戻された。
「やっぱり、許せないよ」
「……」
「裕都君は、優しかったり心が広いから、もういいのかも知れないけど、
梗介は口もだけど凶悪さは、比類なきものがあるけど、 確実に酷いこと、言った。
それは簡単には、許せないよ」
「柚弥君……」
「いいんだよ、俺が勝手に許せないだけだから。後で懲らしめとくから」
僕が深刻に捉えないようにするためか、柚弥は案外くだけた口調で言ってみせて、
張っていた緊張を飛ばすためか、まくってあるシャツから透き通る二の腕を見せて曲げ、しなるように伸びをした。
「ああ、やっぱり今日は、帰るに気にはなれないな。
誰か泊めてくれる人、いないかな……、」
うーん、と首を唸りながら、本当に今晩外泊するあてについて、頭の中で考えを巡らせているようだった。
「そのことだけど……」
「ん……?」
「本当に、うちに来る……?」
「え、でも……。いきなり悪いよ……」
「いいんだよ。多分家 は、きっと大丈夫だから。……来たら?」
「…………でも」
「いいんだよ、来なよ。 ——というか、来てよ……!」
言われた言葉を確かめるように、柚弥の表情 が、その瞳の両縁のまつ毛が広がるように見開かれて、その中の揺れる虹彩が、改めて美しい色だということに気づく。
この顔を見たのは、多分二回目だ。一回目は、今日の昼休みの始め。
また知った。柚弥 は、爛漫な無邪気さで、ひとたび心を開けば人の心に、戸惑いを覚えるくらいの眩しさで添ってくるのに、
いざ、自分が虚をつかれてその側に回ると、たちまちにむき出しの素顔をぽかんとさらして、思わず手を添えたくなるような、いたいけさを見せつけてくる。
要するに、意外に押しに弱いのだ、と。
「……」
柚弥は、声もなく、泣き笑いのような、諦めたような表情 をして、微笑っていた。
今度は、昼休みの時とはまた違う笑顔だった。
だけど、"承諾"という応えを、そこから充分に受け取ることが出来た。
だから僕も、それを見て、やっぱり嬉しくて、その嬉しさが滲み出すぎないくらいの笑顔で、彼に返すことが出来たのだと思う。
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