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#49 オムライス
母が柚弥に宣言していた通り、今日の夕食はオムライスだった。
だけど、彩奈も母も興奮 が平常に戻る気配が一向に感じられず、とてもじゃないが柚弥がいる状態で落ち着いて夕食を摂ることが出来そうになかったので、
今晩のところは僕の部屋に持って来て、彼と二人で食べることにした。
帰宅してから部屋着のTシャツとスウェットに着替え、柚弥も捲った長袖シャツの下のTシャツになった。
リラックスしたスタイルで部屋の空いているスペースにテーブルを持ってきて、二人分のプレートを並べる。
「めちゃくちゃ美味 いよ! このソース手作り、だよね? 俺、トマト好きなんだけど、変に酸っぱくないのに甘くて、超俺の好きな味! やばい、」
卵が沢山あるからと、ふわふわのほどけるような黄色い膜に包 まれたチキンライスは、いつもの手作りのトマトソースが掛けられていて、普段はあまり言わないけど、母が作る好きな料理の一つだった。
それに付け合わせの人参が薄くスライスされたハムとオレンジのマリネ。
玉ねぎがたっぷり使われたグラタンスープには、粉チーズとパセリがこんもりと盛られている。
「つか俺、玉ねぎ嫌いなんだけど、全然これ食べられる!」「もう褒めるところが追いつかないんだけど!」
一つ一つ食べる度に、柚弥は美味しい美味しいととても喜んでくれて、照れくさいような微笑ましさで、自然食べる速度がいつもよりぐっとゆっくりになる。
「裕都君、いつもこんなご飯食べてるの? 感謝した方が良いよ。かなり恵まれてるって! ……まあ、俺のところが相当普通じゃないからなあ」
「うん、一応料理は、好きみたいだけど……」
「いいなあ、裕都君ちは。華乃さんは綺麗で楽しくて料理も上手だし、彩奈ちゃんは可愛いし」
「柚弥君、兄弟は……?」
「うん……。6歳上の、姉ちゃんがいたんだけどさ……。元々身体弱かったんだけど、事故が原因で、死んじゃった……。もうすぐ、二年かな」
え……、という僕の呟きは、そのまま口から出て来なかった。
穏やかな顔で瞳を伏せる柚弥の、スプーンを繰る音が小さく響く。
「つうか、びっくりしないでね……? これ言うと結構皆ひくから、あまり言わないんだけど……。
俺、お父さんとお母さんも、小5の時に事故で死んじゃって、いないんだよ。
天涯孤独って言うのかな、こういうの。現時点で、二親等以内の親族がいないんだ。俺」
胸を撃たれたような心地で彼を見た。
柚弥は説明の補足を続けるように、「あ、もしかしたら、どっちかのおばあちゃんとかはいるのかも知れない。でも、二人駆け落ちみたいにして結婚したから、会ったことないんだよ。多分絶縁的な。
葬式の時とかも、見た憶えないな……。つうか普通のテンションじゃなかったからか、大分記憶が寸断されてる気がするな、あの時のは」
過剰な反応なんて、したくなかった。
掛けられる言葉や労りなんて、まるで甲斐のない粒みたいに無意味なもので、そしてきっと、気が遠くなるほど乗り越えてきた境地に彼はいる。
それを解った上でも、自然に何か言いたくて、言えなくて、やっぱり胸が詰まったままで何の言葉も現れはしなかった。情けない。
「気にしないでね、難しいかもだけど。もう、慣れた。昔のことだし、親がいないのはかなり当たり前になってて、俺自身はもう殆ど気にしてないよ、正直」
「…………うん」
「でも、ちゃんと親の愛は、知ってるつもりだよ。かなり若いうちに結婚したからか、ふわふわしてて、大分頭の緩い親だったと思うけど……。
まだ恋人同士みたいな感じだったな。名前で呼び合ってて、特にお父さんなんか『妃来 ちゃん、妃来ちゃん、』ってまさにお姫様扱いだよ。……ちょっと良いとこのお嬢さんだったみたいで、猛烈に恋に落ちて、攫って来ちゃったんだってさ。
『もうやめて、唯斗 君たら』なんて、よく怒られてた。全然怖くなかったけど」
「……」
「俺は小学校中学年になっても甘えただったから、たまに隙を見てこっそりお母さんの膝の上に乗ったりしてたんだ。そしたらやきもち妬くんだよ。妬くか? 普通、子供に。
『ゆう! ママはパパのものなんだからな! お前もこうしてくれる!』とか言って、二人まとめてぎゅーされて……。
したら姉ちゃんが帰って来て、姉ちゃんはお母さんに生き写しだから溺愛だよ、『日菜 ちゃんもおいで!』」って、皆まとめてぎゅーされて……。
ちっさい家で身い寄せ合ってさあ……。そんなことばっかやってたな……」
「……」
「今も、憶えてる…………」
特別なことを想いおこしてるんじゃない。
彼にとっては、陽だまりみたいな当たり前で、今も自分を包み込む温かさとして、ささやかな宝物みたいに、そっと胸の内にしまっているんだ。
やっぱり彼は、人を墜とすような存在じゃない。
与えられるべき愛を与えられて、それをちゃんと、識っているひとの表情 をしている。
スプーンを持つ手を止めて、どこかを見つめながら睫毛をもたげ、懐かしむように微笑む彼のかおは、特別なものではなく、ただ、柔らかかった。
その瞬間の柚弥を、僕は決して、不幸だなんて思わなかった。
よっぽど、その逆だ。そんな風に愛されて育った彼の姿を、家族に囲まれた温もり、嬉しさ、抱きしめられたくすぐったさをありありと思い浮かべることが出来たし、
宝物みたいに家族を想う彼は、まっさらで真綿のように優しくて、
正直に眩しく、羨ましくさえ思った。
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