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#50 お弁当

 家族のことを語る柚弥の口調は、変わらず明るかったし、澱みはなかった。  止まりがちだったスプーンをフォークに変えて、「この蜜柑入ってるやつも凄いな。どうしたらこんな発想になるんだろう」と感心しながら、口の中でマリネの甘みを楽しんでいる。  僕もオーバル皿に添ったままだったスプーンで、オムライスの膜を崩すことを再開した。  彼のせいではないのに、どうもいつもより味が入って来ない心持ちがする。 「ごめんね、暗くなる話……。だから、裕都君ちみたいに、お父さんもお母さんも皆いて、温かな家庭、ていうのは羨ましい、て思うのはあるよ。正直ね」 「うん……」 「……親がいなくて寂しいと思うのは、やっぱ、お弁当かな。ねえ、裕都君ちはお弁当、持たせてくれる?」 「ああ、うん……、」 「そうだろうね、あのお母さんは。お母さんのお弁当ってさ、やっぱ違うんだよ。 ……お父さんとお母さんがいなくなってからは、母方の叔母さんのところにお世話になってたんだけど。 叔母さんも良くしてくれて、ちゃんとお弁当作って持たせてくれたけど、やっぱ、何か違うんだよなあ、お母さんが作ってくれた、ていうのはさ。 毎日当たり前にお弁当持って来てる奴が、『うわ、また米に昆布の佃煮乗ってる』とか愚痴るんじゃん。贅沢言ってんなあ、とか思ったよ。別に皆にとっちゃ当たり前のことで、どう言ったって構わないのに、勝手な被害妄想みたいになっちゃってさ」 「……」 「姉ちゃんが高校卒業してからは、姉ちゃんと一緒に住んだんだ。姉ちゃんも料理が上手で、正直、お母さんのよりは、姉ちゃんの味の方が馴染みが深いな……。結構、姉ちゃんの料理も美味しかったんだよ? 好きだった」 「そうなんだ……」 「その内姉ちゃんに好きな人が出来て、結婚したんだけど……。お弁当を、仕事行く前に早起きして作ってくれたんだけどさ、 俺のと、瀬生(せの)……、旦那さんのと、そのうち梗介のまで作って、自分のも含めて朝から四人分とか張り切っちゃってさ……。 梗介が逆切れみたいに『俺のはいい、自分でやるから』とか言って、一瞬、持ってきたことがあって、あれはビビったな」 「えっ……」  思わず、訊き返してしまった。柚弥は「あ、ごめん、忘れて。怒られる」と笑ってオムライスを崩したので、それ以上は追求出来なかった。 「……そんなので、小さいけど一軒家で、俺と、姉ちゃんと、旦那さんとの三人で住んでたこともあったよ……。 皆穏やかだったし、あの時の暮らしも楽しかった。静かで、だけど温かくて、優しい感じ……」 「……」 「でも……、」 「何でか、 "こんな"事になっちゃったんだよなあ…………」  柚弥は、唇は微笑っていたけど、その顔には、ずっと取り去ることの出来ない、薄暗く差すひかりのような、陰りのようなものが添わされている気がした。  両親を亡くした時より、時のことが、彼により、哀しみや深い闇を横たわらせているのではないかと、僕は彼を(かたち)づくる輪郭の危うさを覚えるような、危惧を感じた。  それでも柚弥は微笑し、僕に見せた闇を直ぐに元へ還し、スプーンへ乗せるためにライスを皿の端に寄せていた。

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