50 / 67
#50 お弁当
家族のことを語る柚弥の口調は、変わらず明るかったし、澱みはなかった。
止まりがちだったスプーンをフォークに変えて、「この蜜柑入ってるやつも凄いな。どうしたらこんな発想になるんだろう」と感心しながら、口の中でマリネの甘みを楽しんでいる。
僕もオーバル皿に添ったままだったスプーンで、オムライスの膜を崩すことを再開した。
彼のせいではないのに、どうもいつもより味が入って来ない心持ちがする。
「ごめんね、暗くなる話……。だから、裕都君ちみたいに、お父さんもお母さんも皆いて、温かな家庭、ていうのは羨ましい、て思うのはあるよ。正直ね」
「うん……」
「……親がいなくて寂しいと思うのは、やっぱ、お弁当かな。ねえ、裕都君ちはお弁当、持たせてくれる?」
「ああ、うん……、」
「そうだろうね、あのお母さんは。お母さんのお弁当ってさ、やっぱ違うんだよ。
……お父さんとお母さんがいなくなってからは、母方の叔母さんのところにお世話になってたんだけど。
叔母さんも良くしてくれて、ちゃんとお弁当作って持たせてくれたけど、やっぱ、何か違うんだよなあ、お母さんが作ってくれた、ていうのはさ。
毎日当たり前にお弁当持って来てる奴が、『うわ、また米に昆布の佃煮乗ってる』とか愚痴るんじゃん。贅沢言ってんなあ、とか思ったよ。別に皆にとっちゃ当たり前のことで、どう言ったって構わないのに、勝手な被害妄想みたいになっちゃってさ」
「……」
「姉ちゃんが高校卒業してからは、姉ちゃんと一緒に住んだんだ。姉ちゃんも料理が上手で、正直、お母さんのよりは、姉ちゃんの味の方が馴染みが深いな……。結構、姉ちゃんの料理も美味しかったんだよ? 好きだった」
「そうなんだ……」
「その内姉ちゃんに好きな人が出来て、結婚したんだけど……。お弁当を、仕事行く前に早起きして作ってくれたんだけどさ、
俺のと、瀬生 ……、旦那さんのと、そのうち梗介のまで作って、自分のも含めて朝から四人分とか張り切っちゃってさ……。
梗介が逆切れみたいに『俺のはいい、自分でやるから』とか言って、一瞬、持ってきたことがあって、あれはビビったな」
「えっ……」
思わず、訊き返してしまった。柚弥は「あ、ごめん、忘れて。怒られる」と笑ってオムライスを崩したので、それ以上は追求出来なかった。
「……そんなので、小さいけど一軒家で、俺と、姉ちゃんと、旦那さんとの三人で住んでたこともあったよ……。
皆穏やかだったし、あの時の暮らしも楽しかった。静かで、だけど温かくて、優しい感じ……」
「……」
「でも……、」
「何でか、 "こんな"事になっちゃったんだよなあ…………」
柚弥は、唇は微笑っていたけど、その顔には、ずっと取り去ることの出来ない、薄暗く差すひかりのような、陰りのようなものが添わされている気がした。
両親を亡くした時より、その時のことが、彼により、哀しみや深い闇を横たわらせているのではないかと、僕は彼を象 づくる輪郭の危うさを覚えるような、危惧を感じた。
それでも柚弥は微笑し、僕に見せた闇を直ぐに元へ還し、スプーンへ乗せるためにライスを皿の端に寄せていた。
ともだちにシェアしよう!