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#53 聞いてもいい?
「ああ、良いお湯だった。裕都君は、いつ入るの? さっき下で彩奈ちゃんと華乃さんが、じゃけんとか何か過去の貸し借りとか色んなことで争って、結局彩奈ちゃんが入ることになったっぽいけど」
「ああ……。いいんだ、どうせ僕は、最後だから……」
「そうかあ。何かごめんね。ねえ、さっき彩奈ちゃんとウィンスタ交換しちゃったんだけど、良かった? お兄ちゃんとして。あ、さっきの、それが勝因になったっぽいな」
「ああ……、良いけど、与える刺激は程々にして……」
何刺激って、と笑う返事とともに扉が閉まり、僕が貸したTシャツとハーフパンツを身に着けた柚弥が、部屋の中へ入って来た。
彼が連れてきたように、洗い立ての柔らかな香りがたゆたって、鼻を包むように触れる。
使っているものは、きっと同じだ。なのに何故こんな胸をくすぐるような香りなんだろうと、僕は思わず彼を見た。
……あれ。それと同時に、違和感のようなものを覚え彼の姿をそのまま目で辿る。
「てゆうかこんなお洒落な服、貸してくれて有難うね。裕都君、サウスフェイス好きなの? リュックもだし」
「うん……。割と……」
「へえー。このリュックも、お洒落なんだよなあ。結構でかでかとロゴが書いてあるんだけど、柄と色のせいで、あまり目立たないんだよね。これかっけえよなあ。渋いね」
柚弥はベッドの脇に歩み寄り、立て掛けてある僕のバケツ型リュックの撥水加工の生地を、しゃがみ込んで珍しそうに撫でた。
僕はベッドの枕元に座っていて、その足の先で柚弥は、細い腕で上体を支え、背中から腰が猫のような曲線を描き、膝を床で曲げている。
ハーフパンツから伸びた、折に触れて目に入る、彼のかたちの良い膝下の白さがやはり映り込んできて、思わず目を逸らした。
逸らして、僕は生じていた違和感の正体を確認しようとする。
あの服は、あんなに大きかったかな……。
改めて僕の服を着た柚弥を見ると、そのラベンダー色のTシャツは、彼の細い肢体を幾分包み込むように、ひと回りほどではないが、想定していなかった余裕あるシルエットを含んで纏われていた。
襟ぐりが寄れて、陰影を伴う白い鎖骨が覗いている。
僕だって、余程恵まれた体格なんかしていない。
確かに上背はある程度僕の方があるが、それでもそこまでサイズは変わらないだろうと貸した訳で、こんなに目に見えて感じる予想外の違いに、正直驚いていた。
本当に、華奢なんだな……と、彼の儚げ、と言っても良いくらいのあえかさを、改めて識 るようで、それも何故か胸を疼かせ、かたちを変えた違和感 が、理由も解らず僕をひそかに戸惑わせる。
「……ごめん。服、サイズ合ってたかな……」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ご覧のとおり、俺骨格が貧相だから、男のMサイズでも結構緩めなんだよ。これは、ゆったりしてて好き」
「……なら、良いけど」
「つうかこれさあ……」
柚弥は開いた襟ぐりを顔へ持ってきて、すん、とその中に鼻を埋めた。
「これ、裕都君ち、てか裕都君の匂いなのかなあ。 良い匂い」
意識なんか、きっとしていない。
こちらを見て、ただ何か気持ちの良いことを見つけて報 せた無垢な子供みたいな顔して、笑っているだけなのだ。
でもこんな顔、皆んなとか、他の誰かへとか、容易く見せるような顔なのか。
洗い立てで、見るからに指通りの良さが判る毛先が緩くカールした髪が、少し動いただけでも繊細な音を囁くように揺れている。
傍に近づいたら、柔らかな匂いをきっともっと感じる、まっさらな肌で覆われた笑みを含んだ小さな横顔。
……シャワーを浴びて、頭を冷やしたかった。
今日、眠るまで僕の部屋 でこんな状態なのか。
しまった。こんな心境になるとはと、どうして、この部屋を一旦離れるだけの理由がすぐ出てこないのかと、
タブレットの画面を、もう観るページはないのに消すことも出来ず、ただこの感情のやりようや処し方を探すように、意味なく指でスクロールさせている。
「裕都君」
不意に、部屋の中を通るような声で呼ばれて、僕は顔を上げた。
「今日の放課後のこと、聞いても良い……?」
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