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#61 消灯

 宇宙の神秘性でひと段落ついて、思い出したように時計を振り返ったら、深夜の一時を回っていた。  二人とも、昨日から今日にかけて激動といっていいくらいの感情の揺れ動きに、身を任せるばかりの連続だったので、さすがに疲れて、もう今日のところはお開きにしようと、既に少しずつ敷いていた布団の上に手脚を投げ出した。  ベッドの下に来客用の布団を敷いてある。上のベッドも同じく普段目にしない真新しい寝具で揃えて、夏用の滑らかなブランケットで仕上げているから、 柚弥にベッドを譲ろうとしたが遠慮を起こしてそちらも譲らず、押し問答のすえ、三回じゃんけんして、柚弥は二回負けて、負けたから僕の要求を聞き入れるということで、彼が上のベッドで寝るという選択を呑んでもらった。 「あーあもう、仕方ないなあ。裕都君のベッドなのに。 ——折角だから、…………一緒に寝る?」  下の布団でブランケットを広げていて、ぼすんとベッドへ倒れ込む音のすぐ後に、その艶めいてトーンを落とした声が、確かにそう囁いていたので振り向いた。  思ったより近い直線上、ベッドにうつ伏せに寝そべり、枕に耳を押しつけて、顔をこちらに横向けた下瞼の弛む瞳と唇が、冗談ともつかないような潤みを魅せて、先ほどの言葉を繰り返している。 「…………っ、」  ぼすん、と、もう一度鳴った。  テンピュールの吸い込まれるような素材だから、痛くはなかったと思う。  顔面から、ぽろと枕が零れて、枕に比べると随分小さい柚弥の顔が、まさに豆鉄砲を食ったようなぽかんとした瞳を、ゆっくりと広げていった。 「そういうところだよ、っ」  怒ってなんかないけど、ついそう見せたくて、顔を逸らしてブランケットに無意味に空気を入れていた。  そっと柚弥を窺い見たら、ベッドの上の豆鉄砲が零れた顔が、悪戯を嗜められたのに、何故か嬉しそうな子供みたいにくしゃくしゃあと破顔していて、 あはは、とはしゃぐような笑いを転がしながら、反転して壁際へ向かい、横になった華奢な肩甲骨を見せて、肩でくすくすとその笑いを封じ込めるようふるわせるままにしていた。  僕はそれを確認して、そっと苦く安堵した微笑みを唇のなかに隠した。 「もう消すから」「はいー」  少しぶっきらぼうに告げたけど、返ってきた間伸びする柚弥の声から、上に向き直ったらしいことが伝わり、僕はリモコンで常夜灯のボタンを押した。  一度明度を絞って、すぐ全照明を落とした。  たちまちに思いの外の暗闇に包まれ、まぶたが一瞬だけ強張ったが、すぐにその闇へ溶けるように、鈍く伸し掛かってくる。 「おやすみ」  かすかに上空から、照明みたいに明瞭さを削いだ声が、浮遊する小さなゆらぎのように部屋のなかで灯って、 そっとゆるやかに朧いでいき、融和していく映像(すがた)が眼裏のなかで結ばれた。  僕も、多分おやすみ、と返したと思う。  でも正直に本当に疲れていて、疲れすぎると、却って神経が醒めて、すぐには眠りにつけないかも知れないな、という意識に横たわりながら漂って、返事をしたかの記憶は曖昧だった。  瞳が暗がりに慣れると、部屋の明度が失せた輪郭を確認しながら、今日一日の出来事(こと)を振り返るリズムがやって来るけど、やっぱりそんな余裕は疑いなく残っていない状態で、 暗闇と柚弥のゆらぎのような声を潮に、僕は瞬く間に意識を手放したようだった。

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