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第6話 白菊

 南郷による小鳩の凌辱が開示されたあと、永青は事後の小鳩を自室の向かい側にある小鳩の部屋へ送り届けるのが日課になった。  はじめは萎縮し、恐縮していた小鳩も、慣れてくると少し投げやりな態度を見せるようになった。 「なぜ拒まない」  その小鳩に対し、永青は苛立ちをぶつけるように問うたことがあった。  その日、後ろ手に縛られていたせいで肩関節ががたついていると文句を言った小鳩は、沈黙したあとで、珍しく毒のある笑みを見せた。 「別に。旦那様は不能だから弄ばれても睦み合うことはないし、おれをいたぶることで鬱憤を晴らしているのさ」 「不能……?」 「戦場って、すごいところなんだな。おれには想像もつかないけれど……」  永青が眉を顰めるのを確認した小鳩は、興味なさそうな表情で零した。 「おれを拾ってから、一度も勃起したことがないんだ、あの人。戦後にはもう不能になっていたって話だよ」 「勃起しないのに、きみを痛ぶって何になる?」  むきになった永青の言葉が無邪気な問いに聞こえたのかもしれない。小鳩はまた少し黙ると、独り言のように囁いた。 「おれには……時々、旦那様が泣いているように見える」  そんな理由であんな暴虐に付き合うのか。永青が言葉を重ねようとした時、小鳩が不意に顔を上げた。 「先生だって、その左脚、どうしたんだよ?」 「どう、とは……?」 「踏ん張れないわけじゃないんだろ? 何で歩けないふりなんてしてるんだ?」  図星をさされ、永青は背中が冷えた。擬態が甘くなっている証拠だった。 「ああ……食い扶持のためだ」  南郷邸にきた目的を思い出すように永青が取り繕うと、小鳩は心得ている、という顔で太陽のように笑った。 「おれも、食い扶持のためさ」  無邪気な小鳩の表情の変化に、永青は半瞬、見惚れた。 (この、青年は——)  強い。  なぜ……とその芯がどこにあるかを知りたくなる。  永青が考えるよりずっとしなやかで、決して手折られることを知らない花のようだった。

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