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第10話 夏の夜(*)
南郷邸へ戻ると、使用人のひとりが、南郷が帰宅した旨を生気のない顔で告げた。
「書斎でお待ちです」
促された永青は、小鳩とともに書斎へ出向いた。
「戻りました」
短く、ろくに謝罪もせずに切り出すと、南郷は煙管え灰皿をカン、と叩いた。
外は仄暗く、短い夏の宵がはじまろうとしていた。
「——懐かしい面影を連れてきたな、小鳩」
「旦那様……」
地を這う南郷の声に小鳩が強張るのがわかった。永青は相変わらずの南郷の態度が癇に障り、挑戦的な物言いをした。
「いつまで小鳩をはけ口のように扱うつもりですか」
苛立ちとともに口を開くと、ぎろりと南郷の三白眼が永青を射た。
「焦らずとも時がくる。それはそうと……鷺沢を連れ帰ったからには、何かを見たな? 小鳩」
「っ……すみま、せ……」
息を呑み涙を浮かべる小鳩に、南郷は残酷な笑みを浮かべた。
「まあいい……今宵は特別に、ここでお前を躾けてやる。脱ぎなさい」
永青が止めるまでもなく、小鳩はするすると衣類を床に落とした。靴下留めと靴下だけを纏った小鳩は、最後に下帯を取ると、脚の間が興奮に涙を零しているのを恥じ、両手で隠した。ランタンの灯りに照らされる中、身体の各所に折檻の痕と思われる痣があることがわかった。
「……っ」
永青が燃えるような視線を南郷へ投げる。
今までも小鳩の身体に傷があることはままあった。が、ここまではっきり折檻痕だとわかる痣は初めてだった。任務でさえなければ、この場で南郷を絞め殺してやれる。久方ぶりに鮮烈な憎悪が湧いた永青の視線に、南郷の眸はぎらついていた。
しかし、小鳩はご褒美を待ちわびる子どものように頬を上気させ、マントルピースに並べられた様々な小物の中から朱色の和蝋燭を手に取ると、南郷へと差し出した。
「旦那様……小鳩を、し、叱ってください……っ」
和蝋燭には繊細な植物模様が刻印されていた。南郷が机上の灰皿にある熾火を利用し、火を灯すと、小鳩は今年の冬に滅んだ大清帝国から流れてきた羅漢床に白く長い肢体を横たえ、両手でその縁を掴む。
赤く熟れた小鳩の鈴口が露わになり、透明な雫が盛り上がり、糸を引いて下腹の上へとろりと落ちる。同時に、南郷が火のついた和蝋燭を小鳩の身体へと傾けた。
「あぁ……っ!」
小鳩の悲鳴が散り、永青を一時的に硬直させた。
「ひっ! あぅ! あぁっ!」
小鳩の白く艶かしい身体に朱い蝋が垂れ、肌をいっそう美しく見せる。南郷が和蝋燭を傾けるたび、透かし彫りの模様の入った羅漢床の縁が、小鳩の握力でぎしぎしと音を立てた。
「貴様が留守だった日数分、蝋を垂らしてやろうか……鷺沢?」
南郷が愉しげに宣言するのを、永青は奥歯を噛み締め、耐えた。
「ひぁっ! んんぁあっ!」
止めなければ、と理性ではわかっていたが、脚に根が生えたように動かなかった。汗ばんだ肌が艶めかしく左右にねじれるのを見ながら、やがて南郷の蝋が際どい場所に垂らされはじめると、耐え難い熱を受けたはずの小鳩が、陶然とし出した。粘り気のない朱い蝋に肌を覆われ、上げる小鳩の声には甘い響きがあった。
「あっあっ……あぅっ、いく……っ、いっ……く、いく……っ!」
仕置きを待ちわびているような、小鳩の嬌声。永青は小鳩が悶えるたびに、古傷に五寸釘を打ち込まれるような疼きを味わった。
屹立を揺らしながら、小鳩は次の瞬間、震える先端から白濁混じりの体液をとろりと吐き出した。
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
潤んで赤みを増した視線で南郷を凝視していた小鳩が、不意にその焦点を永青に移す。快楽に犯された者のみが持つ独特の熱を孕んだ焦点の合わない眼差しが、まるで期待を伴うかのように向けられた永青は、瞬時に呼吸の仕方を忘れるほど昂った。
「気をやるとは、だらしがないぞ、小鳩」
夏にもかかわらず、南郷の声は底冷えがした。
「す、み、ませ……、ば、挽回の機会を……っ」
二週間ぶりの絶頂にたどり着いた小鳩は、ねだるように甘く震えた声を出した。喫水線を越えた小鳩を南郷は言葉で嬲ったが、その反応には、ひととおり満足を覚えたようだった。
「次は貴様がやるのだ」
言うなり、永青の手に和蝋燭を押し付けた南郷は、その手を包むように持ち支え、小鳩の身体の上へと持ってきて、斜めに倒した。途端に朱い蝋が、小鳩の身体に重なり散る。
「ひぃぃーっ!」
小鳩の嬌声に、芽生えつつある欲望を踏み砕かれる。二度目は背中を押され、おそるおそる少量を、祈りながら和蝋燭をわずかに傾ける。
「あぁ、ぅ、熱……っ、熱いぃぃっ……!」
無意識のうちに小鳩の性器の先端へ灼熱を注ぎ込んでしまったことに気づき、永青はたじろいだ。しかし、小鳩の急所は萎えるどころか、反り返り、びくびくと痙攣を繰り返す。
「ぁあっ! あうぅ……っ! ひぃ……っ! ん、ぁあぁっ!」
小鳩が甘い悲鳴を上げるたびに、次第に躊躇いがちだった永青の手が大胆に動きはじめる。繰り返し、ぱたたっ、ぱたたっ、と小鳩の下腹部へと蝋を垂らし続ける永青は、灼熱の花が小鳩の身体に咲くのを見るうちに、瞬きすら忘れた。美しかったからだ。
「は……っ、は……っ」
息が荒く、心臓が昂った音を立てはじめる。小鳩の唇は艶やかな色で狂ったような声を発したが、全く萎える様子はなく、身体をくねらせ永青にねだりがましくせがむ様子を見せた。
「その辺でよかろう」
いつしか、この隠微な仕置きに歓びを見出し、さらなる惑乱を求め、呼吸を忘れた。南郷が止めなければ、永青は蝋が短くなるまで小鳩を弄んだかもしれない。
己の獣性に直面し、震える永青から和蝋燭を取り上げた南郷は満足そうにその様子を一瞥し、小鳩の腕を掴み、引き起こした。
小鳩の身体の前面は、まるで椿が咲いたかのような彩りだった。剥がせば壊れるそれを描いた己を自覚する前に、小鳩をいたぶることに昂りを覚えたことを、永青は思い知らされた。
その後、永青の目の前で、小鳩は床にうつ伏せになり、尻を上げるよう南郷に命じられた。和蝋燭の根元を後孔に突っ込まれたまま、身じろぎをするたびに南郷の乗馬鞭で臀部を打ち付けられる。灼熱に泣き、衝撃に怯えながら、小鳩は幾度も絶頂した。
気を失いかけるまでそうして喘ぎ続けた小鳩が責め苦から解放される頃には、短い夏の夜が明けようとしていた。
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