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第11話 鳥籠(*)
「はぁ、あっ……ゆび、届かな……っ」
永青がいるにもかかわらず、小鳩は自室の寝台の上で身体を丸め、たまらず後孔に指を差し入れ、自慰をした。
妓楼から永青が戻っても、南郷の趣向を凝らした責め苦は続いていた。
ある夜は、太腿と足首を縄で固定され、仰向けに転がされ、前だけを虐められ寸止めされる小鳩がいた。またある時は、後ろ手に両腕を縛られ、白い脚を緊張させて、南郷に指戯をねだる小鳩がいた。
何度も達する寸前まで追い詰められながら、ろくに気もやらせず解放すると、小鳩は半狂乱のまま南郷に縋りつき、足蹴にされることさえままあった。
そして一度も達しないまま過ごした夜は、永青にねだりがましく自慰を手伝うようせがむ。
「せんせ……先生、っ……」
甘え声に誘いかけられ、理性を保つのが精一杯だった。ろくに射精させず中途半端な快楽を与え、放り出す南郷のやり方に永青が抗議すると「貴様がやればよい」と突き放される。仕方なしに、部屋に帰した小鳩を手伝うと、あえかな声で絶頂するのだった。
その様子を見るうちに、永青は獣になってゆく己を自覚する。衝動を隠すのに必死な永青に、無警戒なまま小鳩は手淫をせがんだ。
そして今夜の小鳩は、永青の左脚に乗り、腰を振り立てている。
「指で……指で、して……っ」
腿の上に乗られては、抵抗できるはずもない。小鳩が痴態を演じる間、永青は逆らえなかった。焦れた小鳩が永青の指を選び出し、自身の後孔へと導く。
「あっ、あっ、もっ……と、奥……ぅ」
意を決し、中の蠢く灼熱をぐにぐにと押しながら永青が奥へと進む。いい場所へ届くと小鳩の声が蕩けるような色を帯びる。永青の指を無意識に締め上げながら、小鳩の唇から吐息が漏れるのを頬に感じた刹那、その唇へ触れたい衝動が、出口を求め噴き出した。
「小鳩……っ」
「っ……駄目!」
細い肩を抱き寄せようとすると、途端に蕩けていたはずの小鳩が身体を強張らせ、拒んだ。
「……!」
すんでのところで欲望をぶつけ損ない、永青が正気に返ると、小鳩は半泣きになった。
「なんで……っ、おれたち……っ」
互いに衝動を持っていることを、おそらく小鳩も認識していた。だが、南郷の手前、最後まではできない。にもかかわらず、決して拒まず、投げ出さず、付き合う永青に、小鳩は戸惑いを隠せない。
「どうして……っ」
先生、と小声で小鳩が永青の心の内を尋ねるが、対する答えを永青は用意していなかった。
「……きみが、知る必要のないことだ」
南郷から受ける無体の中でも特に耐え難いのが、こうした心理的錯綜だった。だが、小鳩に昔の己を重ねてる瞬間があるなどとは、永青には到底、言えなかった。惹かれ合う空気に流されまいと、永青は強引に小鳩の両膝を持ち上げ、寝台へと押し倒す。
「あぁっ、こんな格好……っ!」
思い切り膝を左右に開かせると、興奮を露わにした小鳩の屹立が、腹につきそうに反り返る。
「……持っていろ」
永青が命じると、小鳩は両目を潤ませ膝裏を持ち、従った。期待に震える幹の先端を指先で弾くと、小さな断末魔が小鳩の唇から漏れた。色に染まる声に哀れみが湧くと同時に、ぐしゃぐしゃにしたい欲求が暴れ出す。
永青は小鳩の裏筋を親指で撫で、扱いてやりながら、己の内側の衝動を殺すように、小鳩の勃起した先端を口に含んだ。
「あぁっ、こ、んな……っ! だ、だめ、だめっ……!」
小鳩は膝を抱え、首を左右に激しく振る。
永青が小鳩を口内へ迎え入れた瞬間——封印したはずの遠い記憶が蘇った。
蝉の鳴き声。
太陽の無情な照り。
頭上の苦しげな息遣い。
髪を掴む乱暴で優しげな右手。
苦くて腥い白濁を、意志に反して呑み下した、誰にも打ち明けられなかった記憶が、小鳩の屹立を口にすることで、新たな何かに書き換わってゆく。
「だめ、だめぇっ、出て、しま、ぁあぁっ!」
永青が喉奥深く招き入れた小鳩から、ごぽりと苦い液体が放たれた。
「あ、あ……っ、ご、め……っ」
涙目で恥じ入る小鳩を視界に捉え、そのまま嚥下する。
小鳩は両手で顔を覆い、すすり泣いた。
「っこんな……っ、ごめ、なさ……お、おれ……っ」
「初めてか?」
問うと、小鳩は肩を震わせ、小さく首肯した。
「だ、旦那様には……されてない」
「そうか」
「い、言わないでくれ……。こんなの、きっと叱られる……っ」
小鳩の哀切が身に沁みる。永青は唇を舐めると、あまり見せない鋭さを孕んだ目で小鳩を見下ろした。
「言わないが、きみがいつ大佐を受け入れたのか、少し気になる」
「え……?」
「拾われた当時から、なのか……? あの人はいったい何を考えている? きみをこんな風に弄んだところで、何が変わるわけでもあるまい」
もし小鳩への仕打ちが少年期からはじまったものなら、証言を取ることで南郷を失脚させられるかもしれない。
永青の思惑とは別に、小鳩は一瞬、きょとんとしたが、やがて静かに意図を汲んだ。
「十八歳を迎えた、新月の夜が最初だったよ」
少しつらそうに話す小鳩は、懐かしむように脱力した。
「脅されたとか、そういうのではないけれど……びっくりした。でも、何だかあの人が、気の毒で……」
小鳩の言葉が真実ならば、合意があったことになる。永青が拳を握りしめたのを見た小鳩は、少し投げやりに笑った。
「水は、どんな容れ物に入れて形が変わっても、その性質は変わらないだろ?」
「? ああ……」
「おれは、水みたいなものだから」
妓楼で涙を流したのはつい先日だ。小鳩がもし己の性質の淫らなことに自責の念を覚えているのなら、まったく違うと永青は言いかけた。しかし、小鳩には悲愴感もなく、花が咲いたように笑う。
「おれ、こんなだからさ。だから、ね、もっと……」
ねだる小鳩に促され、永青が指を中に入れる。本数を増やし、こすり合わせるように動かすと、小鳩はまるで溺れるように快楽を貪った。
「あっ、中、なかぁ……っ」
南郷に満たされなかった欲が、小鳩の体内で灼熱を持ち、荒れ狂っていた。
「おねが……っ、して、してくださ……っ! あぁ、そこ! そこ、いぃ……っ!」
ねだる時、必ず敬語になるのは、南郷との関係を連想させた。しかし、永青はすべてを黙殺し、ただ小鳩を追いやることに専念した。これが贖罪だとは、認めたくなかった。
「たくさん出すといい」
いつか、空を見せてやりたい。
こんな鳥籠の中などではなく。
(思う存分、羽ばたけるような——)
どこまでも青く、果てのない空を。
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