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第13話 鷺沢忍(小鳩視点)(*)

 小鳩が書斎へ赴くと、南郷が招く視線を投げた。 「あれはどうだ?」 「はい、よく教えていただいています」  部屋にはふたりきりだった。はじまりは、いつもふたりだった。  椅子に座る南郷の腕に腰を抱かれ、小鳩は寄り添った。外は木枯らしが吹いている。窓の外に目をやると、誰もいないところで「先生」を演じる鷺沢忍が左脚を律儀に引きずっていた。 「小鳩、お前の身体はどう言っている?」 「好き……だと、足りないと、言っています……」  小鳩が告げると、南郷は満足げなため息をついた。  南郷が「鷺沢忍」の胡散臭さに気づいていないわけがない。なぜ泳がせているのか理由がわからないまま、小鳩は珍しく正直に問うた。 「正直、なぜあの先生を、旦那様がおれにくだすったのか、理解できません」  小鳩へ家庭教師をあてがう話は以前からあったが、いきなり連れてきた男に小鳩が懐く様子を見るなり、南郷は今までふたりだけの秘密だった歪な夜の交流を見せつけた。それは大きな危険を伴うものだった。もしも「鷺沢」が外でこの関係を話せば、南郷の生き方自体が否定され、血祭りにあげられかねない。  しかし、南郷は今までこともなげにすべての賭けに勝ち続けている。ひとえに運の強さによるものだろうが、情勢を見分ける特殊な嗅覚を南郷は備えていた。  いずれにせよ、南郷も「鷺沢」の存在も、小鳩の目には予測不能な摩訶不思議なものとして映った。 「理解する必要はない。己の感じるままに任せよ」 「それは……」  南郷には底の知れないところがあった。小鳩の報告をぽつりと聞いただけで、「鷺沢」に対する小鳩の感情を精緻に把握する。何を見ているのか、感じているのか、南郷はさらに、小鳩を「鷺沢」に与えようとしていた。  南郷の手が小鳩の腰を撫で、尾てい骨へ下りる。途端にぞわりと肌が粟立ち、期待と嫌悪がないまぜになる。その時、返答を促すように、布地の上から後孔をなぞられた。 「っ」 「あれの周辺はどうだ? 何か動きがあるか?」 「怪しいものは何も……っ。誘いをかけたら乗ってきましたので、もう出奔することはないかと……っぁ」  ぐっと中指が小鳩の後孔を乱すように犯す。そこをくじられると身体が反応するように、南郷に躾けられた。やがて立っていられなくなるのに、時間はかからない。 「おれは……旦那様がいい、です……」  唇をほどくと無意識のうちにおもねる言葉が出た。本当は、こんな風になりたくなどなかったが、泣き叫んだところで何も変わらない。 「可愛いことを言う」  南郷からは煙に燻された匂いがする。せっかくの執務机も椅子も、南郷の匂いを吸い込んで、すっかり彼の一部になってしまっていた。いずれ自分もそうなるのだろうか、と小鳩はぼんやり考える。それとも、もうなってしまっているのかもしれない。 「——お前があやつにねだっていることは、知っている」  ぐっと孔に指を入れられ、小鳩の肩が跳ねた。 「あぅっ」 「孔が無事か調べる。這え」  南郷の癇癪がいつ出るものか、共に暮らして七年余りになるというのに、未だに小鳩は予測できなかった。魯西亜との講和が成った年の冬、雪の舞い散る夜の中、小鳩は南郷邸の前で暖をとっているところを拾われた。以来、南郷のもとにいる。それからずっと、南郷との関係が変わっても、小鳩は南郷から離れずに生きてきた。その道しか、知らなかった。 「嘘は……っ、ついて、おりません……っあ、どうかお情けを……っ」  南郷の腕に強く抱きつき、軍服の袖に爪を立てる。まるで主人の機嫌をとる飼い猫だ。南郷の意志を伺いながら、決して逃げられないと、惰性半分、この邸に住み続けている。  小鳩が震えながらズボンを下ろすと、南郷に身体を返され、執務机に両手を付く形で腰を突き出すよう強いられる。 「あ……っ」  机の隅に置かれている軟膏が小鳩の後孔に塗りつけられると、もう正気を保つことが難しくなる。  南郷は小鳩の身体を拓いた、最初のひとりだ。小鳩がこうなるよう躾けた男だった。 「こうして欲しいか、小鳩」 「ああっ、もっと……奥、まで……っ!」  指をねじ込まれ、ぐるりと回転され、あますことなく軟膏が内壁に馴染むと、腹の奥が疼いて、欲しくてたまらなくなる。 「あ、あ……旦那様……っ」  もう、理性が役に立たない。  あの雪の夜、南郷の気まぐれに拾われた小鳩は、こうしてずっと生きてきた。小鳩が声を上げ、南郷に向かって尻を突きだすと、同時に奥が痺れて、本能が理性を食い破り、表出する。 「はぁ、っん、んんんぅ……っ! 届か、な……っ」  一番感じる場所の手前で、南郷が指を折り曲げる。小鳩は爪先立ちになり、半分泣きながら腰を振り、よがるしかなくなる。  しかし、今日の南郷は小鳩を痛ぶりながら、どこか上の空だった。 「二十歳になったな? 小鳩」 「はっ……あぁ……っ、は、い……っ」 「近くお前のお披露目をする。その日までは、誰とも繋がるな。だが……」 「ぁぅ……っ!」 「その日がきたら、お前の望むものを与えてやる。ここに初めて男の精を注ぎ込まれる瞬間を、最高の形であつらえてやる」 「ぁっぁ……! あぁ……っ、旦那様……!」  南郷の低い呟きを、もう小鳩の鼓膜は拾える状態になかった。

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