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第14話 落成式

 その日はやけに邸内がざわついてた。  南郷に頼まれた用事を済ませ、夕方、帰宅した永青を待ち受けていたのは、ずっと工事中だった多目的会館の落成式の報せだった。散華会館と名付けられたその建物は、夜になると煌々とした瓦斯灯の明かりの中、出現し、人々を魅了した。 「貴様も出席するのだ。小鳩とともにな」  書斎に呼ばれ、南郷に告げられた永青は、内心、一気に緊張した。 「着るものがありません」  だが、表向きは仏頂面のまま、人使いの荒さを詰ると、南郷は耳慣れない言葉で口元を歪めた。 「小鳩に用意させてある。今夜はあれの、お披露目を兼ねた貫通式を行うのでな」 「かん……何ですって?」 「細かいことは小鳩に聞け。あれは貴様によく懐いている。今夜の主役でもある小鳩が怯えぬよう、貴様には最後まで傍にいてやってもらわねばならん。途中で尻尾を巻いて逃げる無様な真似はするなよ、鷺沢」 「……わかりました」  過去に南郷の前から逃げ出したことを揶揄された永青は、眉間にしわを寄せた。何がおこなわれるとしても、その場へ立ち会う権利を得たことは、僥倖だったと胸を撫でおろした。  落成式には、おそらく散華会の関係者が列席する。おこなわれることを目に焼き付け、桂木に報告する義務が永青にはあった。意志が決まると、興奮をひた隠すのに苦労した。 「失礼いたします」  その時、ノックの音とともに、正装した小鳩が書斎へ現れた。  ホワイトタイを締めたモノクロの装いの小鳩は、ポケットチーフの代わりに胸元に朱い薔薇の蕾を挿していた。しなやかな身体を包む上質な布地が、まるで小鳩を御伽の国の住人のようにしていた。 「用意が整いました」  小鳩の声が震えていることに、永青は気づいた。 「よし。散華の第一歩だ。心しておけ、小鳩」 「はい、旦那様。仰せのままに……」  小鳩は純白のシャツとの対比のせいか、頬を少し上気させていた。永青は小鳩により、南郷寝室の洋服箪笥の前へ案内され、南郷のお下がりの礼服を一式、借りることになった。  若い頃の南郷と体型が似ていることも不愉快だったが、大事なことを小鳩が永青に、まったく匂わせなかったことが気にかかった。 「今夜のことを、なぜ黙っていた」  シャツに腕を通しながら尋ねると、小鳩は困ったように肩を竦めた。 「先生には内緒だって、旦那様が。それに、おれが事前に報せたら、きっと文句を言うだろ? おれを責められても困るし」  永青が袖のカフスを留めているうちに、ベストを渡される。 「ま、覚悟だけはしておいてくれ、先生」 「覚悟……?」  何の覚悟か尋ねる前に、小鳩が色めいた声でねだった。 「おれの傍にいてくれ。今夜だけ……途中で離れないで」  真摯な声でせがまれ、永青は違和感を覚えながら頷いた。  小鳩は首肯した永青に笑いかけると「いこ、先生」と囁いた。

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