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第15話 貫通式(*)
散華会館の一階のホールで落成式ははじまった。
紅白の幕がぐるりと内壁を囲み、奥中央に設えられた祭壇に向かい、修祓式が執りおこなわれる。酒樽が木槌で割られ、日本酒が盛大に振る舞われると、続いて完成祝賀披露宴が催された。
永青は、かつて桂木の元で暗記したリストと招待客を頭の中で照合しながら、怪しい動きをする者がないか、辺りに気を配っていた。しかし、会場の雰囲気はしごく和やかで、普通の落成式にしか見えない。
一刻ほど経つと、多くの客は暇乞いをして帰っていった。中には酒宴に気を良くし、足元の覚束ない者も出たが、ホールが捌けて係りの者が会館の正面扉を閉めると、突然、流れるようにしてそれははじまった。
「お集まりの皆様、今宵は小鳩のお披露目会にご列席いただき、厚く御礼申し上げます。これより貫通式を執り行います。小鳩、お客様をご案内しなさい」
「はい、旦那様」
永青はあらかじめ言い含められたとおり、小鳩のすぐ斜め後ろに付き添った。
小鳩が南郷の指示を受け、奥の扉から、仄かに木の香りが漂うシガールームへと客らを誘う。
シガールームの奥に設えられた暖炉は燃えさかり、適度に暖まった部屋へ踏み込むと、地球儀や天球儀、世界地図などが所狭しと並ぶ中を、小鳩がかき分けるように進み、突き当たりの壁越しにある安楽椅子の横に立った。安楽椅子を囲むように十数脚の肘掛け椅子が、一見、さりげなく置かれていたが、そのどれもが、小鳩に注目するよう巧妙に配置されていることに永青は気づいた。
「皆様、どうぞご自由にお掛けください。今夜は、この宮ヶ瀬小鳩が精一杯、皆様のお心の慰撫を努めさせていただきます」
頬を染めた小鳩は緊張ぎみに安楽椅子の座面に畳まれた紙片を拾い上げ、促す。客らが手近にある肘掛け椅子に腰掛けるのを見届けると、左端の南郷が続けるのを振り返った。
「これより皆様には小鳩の貫通式をお手伝いいただきます。お手元、右にあるガラスの筒をお手にお取りください。補佐役の鷺沢が番号を読み上げますので、筒の底にある番号と一致した方は、順番に従い、小鳩を可愛がっていただけるよう、お願い申し上げます」
南郷の宣言に、扉の横の洋燈と暖炉の火のみの薄暗い中、多少のざわめきとともに席に着いた紳士らが各々、肘掛け椅子の右端を覗き込む。何がはじまるのか判然としないまま、嫌な予感に戸惑う永青に、小鳩が先ほど拾い上げた紙片を渡し、耳打ちした。
「先生、紙に書かれた番号を読み上げて、客をひとりずつ、おれのところへ誘導してくれ」
眉を寄せた永青に、小鳩はちょっと笑みを投げると、白いタイを解き、音もなく黒い正装のジャケットを床に脱ぎ捨てた。
「よろしくお願いいたします。では、はじめさせていただきます。……先生」
「っ……!」
左端の南郷が腰掛けるのを待ち、小鳩はベストを脱ぎ、吊りズボンを床に落とした。
「小鳩、何を……」
永青が前のめりに驚きの声を上げた時には、もう小鳩は頬を染めながら前だけを見ていた。
「黙って。しっかり見ていてくれ……先生」
貫通式の意味をぼんやりと悟り、手足の先が冷たくなってゆく永青を尻目に、小鳩はかろうじてボタンの外れたシャツと靴下止めと靴下と靴、それに下帯姿で安楽椅子に浅めに腰を下ろした。肘掛に両膝の裏を引っ掛け、脚を開いてみせる。そのまま下帯を外すと、あっ、と息を呑む気配が客席からした。
小鳩が開帳してみせた局部は蜜に濡れ、後孔には透明な硝子製の張り型らしきものが嵌め込まれていた。
「先生……数字を読み上げたら、これ、と、取って……」
永青を振り返り、小鳩が恥じ入りながら囁く。
凍りついた永青を促すように「お、願い……っ」と縋る目を向ける。
「ご指名だ。鷺沢」
最前列左の南郷が駄目押しをした。その声に、一気に小鳩から、永青へと客の視線が移る。目立つべからず、と教えられた永青は、手に冷や汗が滲んだ。
「大佐、その者は?」
「新顔ですな?」
「鷺沢忍。元軍人です。日露戦争に従軍し、脚をやられて退役したのを拾いました。頭がいいので、小鳩の家庭教師をさせています」
「ははぁ、なるほど……」
「どうりで先ほどから視線が鋭いわけだ」
「いや、羨ましい」
「私なら、小鳩さんを教えられるなら幾らでも金を積みますが」
「男爵から、何を吹き込まれるやら」
応酬する言葉に永青は頬が火照るのを感じた。顔を覚えられた以上、軍部に出入りするのに今以上に慎重を期す必要があった。
「先生、はやく……っ」
南郷が加減し、小鳩の身体から折檻痕がきれいに消えていたのは、これが理由だったのだ。この場で南郷に逆らえば、そのしわ寄せが小鳩にゆくのは明白だった。
永青は表情を消し、跪くと、小鳩の後孔を塞いでいる栓をゆっくりと引き抜いた。
「ん、ぅ……っ」
肉の内部がきつく抵抗を返し、濡れたその孔は、おぞましいほどに朱く、栓を抜き切る瞬間、中が生温かく蠢いているのが手に伝わってきた。
「あぁ……っ」
硝子の栓が抜き取られた瞬間、中途半端に上を向いていた小鳩の屹立が震え、蜜を零す。透明な雫が糸を引き、安楽椅子の座面を汚した。ぱくぱくと呼吸に合わせて開きかけた後孔は艶かしく、客を誘っているようにも見える。この状況に小鳩が興奮を覚えていることに目眩を覚え、永青は硝子製の栓をごとりと床に置いた。己の無力を痛感していた。
「番号、おねがい……先生」
夕陽色に頬を染めた小鳩にねだられ、永青はぼそりと聞き取りづらい声で墨跡を読み上げた。正気でいるために、かろうじて客席を見ないようにするのが精一杯だった。
「っ……ふ」
呼ばれた客は皆一様に小鳩の前に片膝を付き、開脚され開きかけた後孔へ、己の所持する硝子製の筒をゆっくり差し込んでいった。
ひとりがはじまり、終わるたびに小鳩が悩ましげな声を上げ、どうにか情動を抑えようとする。
紙には、番号の下に回数が並記されており、回数分、小鳩の後孔を突くことが可能だった。
「ん……ぁ、お願い、いたし、ます……」
硝子製の筒を出し入れされるたびに、小鳩は濡れた声で客を誘った。ある者は揶揄うように小鳩の無様さを形容し、ある者は遠慮がちに筒を突き入れた。やがて小鳩が感じていると知れると遠慮も薄れ、最初は小さな回数、小さな筒からはじまったそれは、やがて大きく複雑な形状のものを出し入れするようになっていった。
「あ……っ」
特別丸い突起が付いたものや、曲がりくねっているもの、のたうち回る蛇の巻き付いたように所々太さが違うものなどが、永青の手にした紙片の内容に拠れば、三巡するようになっていた。体内に張り型を受け入れるたびに、最初、小鳩は腿の内側を緊張させ、奥歯を噛みしめていたが、やがて花が咲くように乱れていった。
「はぁっ……つぎ、お願い……しま、す……」
中途半端に中をねっとりと虐められ、小鳩は射精を待つ段階のまま、長く焦らされていた。先端からは先走りがとろりと零れ、いつもならとっくに音を上げて哀願する頃だが、どうにか堪えるたびに「まだいかないか」「いや、あそこでもうひと突きできれば、あるいは……」「次こそだ」などと、客らの賭けの対象にさえなっていた。
「あぅ……っ、ぁっ……、きもちぃ……っ」
「八番、十二回」
長い間、堪えていた小鳩も、数字が進むにつれ、それが難しくなってきた。蛇のようにくねるものを出し入れされたあと、ついに陥落してべそをかきはじめた。
「あぁ……っ、お情けを……っ、お情けを……!」
尻を左右に振りながら、はだけたシャツの狭間から見える勃起をそのままに、汗をかいている。永青が「零番、三十回」と最後の数字を祈るように読み上げると、白手袋をした南郷が、今までのうちで一番立派な張り型を手に、小鳩の前に立った。
長大ななめくじのようにうねり、イボが付いたそれの先端は、亀頭の如く張り出している。
「あれでいくか」
「三十か。ユダに裏切りを促した数字だな」
周囲で囁かれる声までもが期待の色を帯びる。
「小鳩、三十だ」
「は、はい……旦那様。お願いいたします……っ」
この場をつくった元凶である南郷の持つ筒の先端が、小鳩の後孔を乱す。めくれ上がった孔に、南郷が焦らすようにゆっくり硝子製の張り型を挿入させると「あ、おっき……ぃ」と小鳩が泣き出した。
「は……っ、うう、く、るし、い……」
「よく味わいなさい」
「あ——……」
ひと往復目の小鳩を気遣うような南郷の動きに、客たちは期待外れなため息を漏らす。
しかし、半分回転を加えながら二回目に八割がたおさめてしまうと、そこから先は形を後孔に馴染ませるように抽挿が開始された。
「あああっ、太いぃぃ……っ!」
「そら、速くなったぞ」
「はぁっ、そこっ、そこもっと……っ!」
それまで手心を加えられていたことが明白になるほど、抽挿の速さが徐々に増し、突き入れる強さも上がった。肉の壁を引きずり出すような動きが続き、小鳩が太腿を震わせると、穿つような動きに変化する。
ぐちゅぐちゅと激しく出し入れされ、小鳩はそのたびに首を振ってよがった。周りの客たちから、数を数える声が飛びはじめる。
「二十一!」
「二十二!」
「二十三!」
「あああ、もう、っ、やってしまいます、気をやってしま……っ!」
乱れたシャツの間から覗く乳首はぴんと勃ち上がり、三十回に及ぶ抽挿の末に、南郷が最後のひと押しを突き入れると、小鳩の鈴口から白濁がどろりと吐き出された。後ろだけで押し出されるようにして零れた精液が、てらてらと小鳩の屹立を濡らし、零れて椅子の座面を汚す間、南郷は張り型を奥へ突き入れたままだった。
「は、ぁ、あ、っ……! ぐりぐり、っゃ、あぁぁっ……!」
絶頂する小鳩を見た客らは、各々が感嘆の声を上げた。瞬間的に仰け反り、がくりと脱力した小鳩の安楽椅子の背を永青が支えなければ、引っくり返りそうな力がかかる。小鳩を最後に犯した張り型を引き抜いた南郷が、勝者のようにそれを掲げる。
「これを引き取る方は?」
「五十円!」
「八十!」
「いや、百だ!」
小鳩の体液にまみれた凶悪な硝子製の筒に、次々と法外な値段が付けられてゆく。最終的に百二十円で落札された張り型を南郷から受け取った客が満足そうに引き下がると、南郷が促した。
「小鳩、ご挨拶を」
息をようやく整えた小鳩は、潤んだ目で永青を見た。眼差しが絡み合い、永青が腕を貸すと、小鳩は安楽椅子から両脚を下ろした。その靴裏に、小鳩の脱いだジャケットから零れ落ちた薔薇の蕾が踏みしだかれる。
「あ……おれ……っ、み……皆様のおかげで、無事に貫通式を終えることができました。おれの恥ずかしい姿をみていただき、あ、ありがとう……ございます……」
涙目で震え、次第に小さくなる声とは裏腹に、客らが拍手を寄越す。
その様子を永青は、戦慄とともにただ見ていることしかできなかった。
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