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第16話 椅子(*)
忌まわしい式が終わると、一同は小鳩の醜態を失念したかの如く、和やかに食堂へ移動した。
西洋式の食卓に南郷と小鳩を囲み、客らが次々と席に着く。南郷のすぐ右隣りには小鳩専用の特別な椅子が用意され、座面に鋼鉄製の張り型が生えているそれに、小鳩は何とか腰を下ろすと、息をついた。その後、南郷が両肘掛けに小鳩の手首を固定し、その椅子は完成したかに見えた。
「ん、ん、はぁ……ぁん……っ」
ぎち、と鉄の塊を体内に孕んだ小鳩は、気丈にも顔を上げ、熱い息を吐いた。
「大佐、先日は洋服を着させていたが、今夜は全裸なんだね」
客のひとりが水を向けると、南郷は面白くもない顔で返答した。
「先日までは、借り物の席を用意していましたからな。それに、今宵は小鳩にとって特別な日です。皆様へ視覚的刺激を提供する目的もあります」
「確かに、あの妓楼では、誰がいつ入ってくるかわかったものではありませんからな。今夜は一目瞭然。これは目の毒だ」
揶揄の声に客が一斉に笑うのを、頬を染めた小鳩が申し訳なさそうに俯いた。後孔に鉄塊を食んでいる小鳩の前は再び緩く勃起していて、椅子の斜め後ろに立った永青がナプキンを小鳩の腹に置き、屹立を隠してやると、そっと笑まれた。
「ありがと、先生……」
「いや」
礼を言われることではない。永青は短く返答を返すのがやっとだった。
「その椅子は特注品だな、大佐。何か仕掛けがあるのかね?」
「さすがは男爵、機会のことについては右に出る者がおりませんな。慧眼をお持ちだ」
織機を扱う事業主に南郷はあからさまなおべっかを使った。
「止してくれ。私は爵位を買っただけの成り上がりだ。しかし、仕掛けがあるのなら、ぜひ拝見したいものだ」
「少々煩くなりますが」
「かまわないよ。少しぐらい賑やかな方が、食事も楽しめる」
はす向かいの客が相槌を打つ。先ほど南郷の張り型を競り落とした者だ。
「では、少々騒がしくさせていただきます。——鷺沢」
名指しされた永青が顔を上げると、南郷の底冷えする視線に射られた。
「突っ立っているだけではつまらなかろう。背面にあるスイッチをひとつ入れなさい。順番は貴様に任せる」
「な、にを……」
椅子の背もたれの裏側に、よく見るとトルグスイッチが三つ、付いていた。迷っていると、南郷の叱責が飛ぶ。
「気に入らぬのならば、出てゆけ。そして二度と小鳩にかかわるな」
「……っ」
「これは怖いね。大佐殿。お手柔らかに」
客らのざわめきが永青と小鳩を包んだ。この場の誰ひとり、異議を唱える者はいない。
「先生……? おれ、先生にされたいよ……?」
振り返った小鳩は少し額に汗を滲ませ、それでも気丈に微笑した。
「よく懐いておりますな」
「美しい師弟愛だ」
「先生か。いいものだな。ここはひとつ、上手く焦らしてもらいたいものだ」
客らが囃しはじめると、引っ込みがつかなくなりそうだった。ここまで食い込んだ以上、引く選択肢は取れない。それを南郷に見透かされている気がして、永青は震えた。
「どうする? 鷺沢先生?」
「なるべく早く頼むよ。せっかくの料理が冷めてしあう」
スープ皿にスプーンを沈ませた客がぼやく。次第に焦れはじめた観客に、南郷が油を注ぐ発言をする。
「腰抜けの貴様には失望した。誰か、スイッチを入れたい者は?」
その声に咄嗟に反応した永青は、反射的に左側のトグルスイッチを入れた。
「……っぅ、……っ!」
「小鳩……っ」
「ぁ……ぁ……っ」
小鳩が小さく喘ぎはじめると、南郷の合図で給仕が客らの前へ、次の料理を運びはじめる。
「この鋼鉄製の張り型は、小鳩の体内で動きます。まずは……ああ、振動を選んだようです。小鳩、声を上げるのはかまわないが、あまり見苦しくないように」
「ぁ……は、い……っ、旦那様……ぁっ」
ナプキンの下に隠れた小鳩の屹立が、細かく振動しはじめるのが、斜め後ろの永青にもはっきりと見えた。隙を見てスイッチを切ろうかと手を伸ばすと、目敏く南郷が指摘した。
「何だ、鷺沢。堪え性がないな。貴様はもう二つ目のスイッチを入れるつもりか」
「違……っ」
「大いに結構。やりたまえ。そら、どちらかを選びなさい」
「っ」
南郷が宣言すると、小鳩が小さく振り返った。
「せん……っ、せ、願……っ」
小鳩に庇われるように促されると、やらないわけにいかなかった。真ん中のトグルスイッチを入れると、また別の動きが加わったのか、小鳩があえかな悲鳴を上げる。
「ぁぅ……っ、ぁ、ぁん……っ!」
その瞬間、小鳩の腹に被せたナプキンにじわりと透明な染みが浮きはじめた。
「真ん中のスイッチは……抽挿です。皆様、食事を楽しみましょう。夜はこれからです」
がたがたと震えはじめた小鳩は、どうにか快楽と衝撃を逃そうと、肘掛を握った手を開いたり閉じたりを繰り返す。純白のナプキンが先走りに濡れ、かすかに吸収しきれなかった張り型の動きが再現される。
給仕人らが主菜を運んでくる頃には、小鳩の目の前にだけ、半透明で弾力性のある素材でできた、大人の拳をふたつ繋げたぐらいの大きさの、両端に切れ目がある物体が運ばれる。
「大佐、それは?」
肉を切ることを忘れて質問する客に、南郷はナイフでバターをすくい取ると、その物体の切れ目から中に塗り込めた。
「これは貫通式自慰補助器具……とでも言いましょうか。こうして滑りを良くし——」
ふわりとバターの香りが立ち上り、永青の鼻腔を刺激する。手袋をしたままの南郷の手が、小鳩の腹に掛けられたナプキンを捲り取ると、濡れて糸を引く鈴口にずぷりと器具を嵌め込んでいった。
「っぁああぁっ……! だ、旦那様……っ!」
いきなり局部へ刺激を受け、身悶える小鳩の声にも怯まず、ずぶずぶと根元まで嵌めたそれを、今度は上へ引き抜くと、じゅぶっ、と卑猥な音とともに小鳩の腫れた茎が吸い出された。
「ひぃ……ぁ、あん……っ! ああぁ……っんん! だ、んな、さま……ぁっぁっ……!」
底の抜けた花瓶のように弾力性を持つ器具の中に、小鳩の陰茎が吸い込まれては吐き出される。南郷は焦らすようにそれをゆっくり上下に動かしてみせた。
「こうして使うのですよ」
「なるほど、これは面白い」
「外から、中から、というわけか」
湧き出す観客たちを満足そうに眺めた南郷は、最後に硬直したままの永青に向き直り、目を眇めた。
「あっあぅ、っも……っと、旦那様ぁ……っ」
小鳩が涙目で身をくねらせねだる。快楽に抗えず染まった頬を南郷に向け、腹の上で放置された器具を動かすようせがんだ。しかし南郷はカトラリーを床に捨て、新たに置かれたナイフを手に取ると、粛々と食事をはじめた。
「生憎私は手が塞がっている。鷺沢、貴様がやってやれ。三つ目のスイッチを入れるか、さもなくばこの器具を動かし、小鳩をいかせてやりなさい。ただし、十分に焦らしてからな」
「っ……!」
殺意がふつふつと湧き上がるのを体感した永青が南郷を睨みつけるが、小鳩が椅子の上で無様に身悶えるのを放ったまま、南郷と掴み合いをするほど不毛なことはないという視線を返されるだけだった。
「どうした? それとも客人の手を煩わせるつもりか……?」
「ん、せんせ……っ、これ、っして……? お、願い……っ、おれ、もう……っ」
永青に哀願する小鳩は完全に我慢の臨界点にいた。
「お、れの……っ、いく、ところ、を……っ、み、みて……っ、くださ……っ! 願、しま……す……っ!」
恥ずかしそうに身をくねらせながら、永青に哀願する。南郷からの注意を引き剥がすように小鳩が息を乱れさせた。南郷は小鳩の汗にまみれた前髪を、愛しげな様子で優しく梳き、甘く低い声で褒めた。
「——よくできたな、小鳩。褒美が欲しいか?」
「は、い……っ、く、くださ……ッあああああ……っ! あああ! あっあああ……っ!」
小鳩が頷いた途端、三番目のトグルスイッチが南郷の指で入れられた。小鳩の華奢な身体がびくびくと痙攣しはじめる。
「あっあぅ! ん、ああっ! ああっ! いく、いっいく! いっちゃ……!」
「小鳩……!」
永青が慌ててスイッチを三つともオフにする。だが、椅子の振動は止まらず、小鳩は悶えもがく一方だった。
「このスイッチは入れたら最後、中のゼンマイが切れるまで動き続ける」
「大佐……っ、あなたは……っ」
「手が留守だぞ、鷺沢」
南郷は言い捨てると、さして興味もなさそうに主菜にカトラリーを突き立てた。永青は失敗を悟った。己の反応の遅れが招いた事態を、これ以上悪化させないためにできることをするしかない。
「ああ、説明を忘れていましたが、三番目は左右に回転いたします」
そう宣言したのを機に、がくんとギアが切り替わり、鉄杭が震えながら反転を繰り返し、上下に抽挿を続ける。
「ひぃあぅっ! ああんんっ! きも、ちぃ……っ! あっも、むり……っです……っぅ、ね、がっ、しま……っ! ひぅ! ああーっ!」
「小鳩、お客様の前だぞ」
「あぅ! ごめ、なさ……っん、んん、っん! せん、せ……っ! して、っ願、い……っ! 願いぃ……っ!」
汗にまみれた身体をびくびくと震わせ、小鳩が悶えるのがただ、哀れだった。
「小鳩……っ」
震える手で器具を掴んだ永青は、乱れよがる小鳩を食んでいる器具を掴むと、やがて優しくそれを上下に動かしはじめる。
「あああ……っ、あ、んっ……! いいっ……い、きも、ちぃぃ……っ!」
涙をぱらぱらと落としながら、涎が垂れるのもかまわず身悶える小鳩に、永青は心の中で詫びながら、やがて抽挿を激しく手首を回転させた。
「あんぅー……っ! 願……っ、いきた……っ、も、ねがいしま……っ! ひぅっ、あ、あ、ああ、あああぁぁっ……!」
感極まった小鳩の嬌声。
甘いバターの香り。
狂ったようによがる小鳩を一刻も早く楽にしてやりたい。
「よく懐いているな。実にいじらしい」
「まったくですね」
「あ、あ! お情けを……っ、お情けを……っ!」
フィンガーボールを前にした客のひとりが提案する。
「そろそろフィナーレでよろしいのでは?」
南郷がちらりと永青に視線を向ける。その眼差しを受けた永青は、器具を動かす手を、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が立つほど速めてゆく。
「ひぃぃっ! ん、っあああぁっ! あぁあぁぁっ! いい! 気持ち、い……っ! あぁ、あっ、あーっ!」
小鳩の声があちこちに乱れ飛び、椅子の内部が唸りを上げる。ぐじゅぐじゅと音をさせて、哀れなほど腫れた茎は解放を求めていた。後孔を鉄棒で散々に犯されながら、前をも弄られる凄まじい快感と恐慌の果てに、小鳩は必死でもがいていた。
そして、安楽椅子の仕掛けが止まり、小鳩が絶頂を迎え、南郷が静止の合図を出すまでの間——永青はほとんど祈るように手を動かし続けた。
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