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第18話 散華会(*)
朔日がくると、散華会館の食堂は多くの客で賑わった。酒と食事と適度な諧謔を交えた世論に対する意見交換と裏取り引き。顔ぶれは、先日、小鳩の貫通式に参加した者らの他に、政治家、経済界の重鎮、それに南郷の息のかかった高級将校らまでいた。
華々しい客らを脳内で認識しながら、これだけの顔ぶれがかかわっているなら、大醜聞になると永青は慄然とした。
小鳩は、先日の夜に尊厳を奪われた同じ席に座り——今宵は鋼鉄製の張り型はなかった——和やかな会話に時折、加わりながら、客らと談笑していた。まるであの夜が悪夢に過ぎなかったと言わんばかりの、肝の座りようだった。
食後酒が提供されると、シガールームへ移動する客らが目につきはじめる。小鳩が永青とともに席を立つと、あの夜と同じ配置で安楽椅子が奥に、それを半円形に囲むように肘掛け椅子が置かれていた。変わったことといえば、安楽椅子の左横に小さな傍机が置かれ、机上に透明な液体で満たされたグラスの中に硝子製の青い張り型らしきものが入れられているぐらいだった。
紫煙を燻らせ、あるいは洋酒を片手に、若干弛緩した客らの視線を集めた小鳩は、永青と客人らの前で、先日と同じように服を脱いだ。恥じらいながら両膝を肘掛けに掛け、開脚する。下帯を取り去ると、やにわに客らがざわめいた。
小鳩の局部に貞操帯が嵌められていたからだ。
前を戒めるそれは施錠され、後孔には栓がしてある。
「驚いた。淫らだな」
「食事の間中、顔が朱かったのはあれのせいか」
「あんなものを挿れていたとは」
貫通式以来、小鳩は日常的に小ぶりの栓を挿れられるようになった。それを南郷の前で永青に抜いてもらい、充分な快楽を与えられたあとで再び栓をされ、会館へと連れてこられたのだ。貞操帯の鍵は書斎の鍵と同じく、南郷が所持している。合鍵もなかった。
「先生……、ん、んっ……!」
小鳩の要請に応じ、永青が栓を抜き取ると、小鳩が色めいた声を上げる。
「た、ただいまより、ひとり遊びをいたします。その前に、おれが使う物を間近でご覧ください」
小鳩に言われ、永青は硝子製の張り型が入った、透明な液体で満たされたグラスを持ち、客席の間を一巡した。ある者はグラスの中身を指ですくい、確かめ、ある者は匂いをかいだりし、誰もが興味深そうに首を伸ばした。戻ってきた永青が小机の上にグラスを置くと、小鳩は液体に浸された薄青色の張り型を、赤く縁がめくれ上がった後孔へと挿入していった。
「あ……ふぅ……っ」
ずぶずぶと中を犯す張り型を両手で掴み、頬を夕陽色に染める。馴染むまでしばらく待ち、出し入れをはじめると、濡れた音とともに客席が関心したようにざわめいた。
「これは痒い。発情した猿になりそうだ」
グラスの液体を確かめた客が、ハンカチでしつこく指を拭う。
「勇気があるな。あの液体、中身が何か知らずにいるのだろう?」
「あんなものを挿れたら、擦って欲しくてたまらなくなるぞ」
永青が傍らを振り返ると、小鳩は唇を震わせ、内ももの内側を痙攣させていた。
「んっ、ぁぅ……っ、ああ……っ」
小鳩は張り型を挿入するなり、やがて火がついたようにそれを上下させはじめた。じゅぶじゅぶと音を立てて抽挿される張り型が、小鳩の内壁をあますところなく撫で上げてゆく。
「あ、あっ……! お腹……っ、痒いぃ……っ! いきた……っ、ひぅ、はぁぁっ……!」
どうやらグラスの中の液体には催淫効果のあるものが使われているようだった。貞操帯に戒められたままの前から、じわりと蝶番を濡らし、先走りが零れはじめる。小鳩が一心不乱に腰を振りはじめると、シガールームの奥側の入り口の扉が開き、正装姿で朱い首輪を付けたうら若き青年らが、同じく正装した使用人らしき男性にリードを引かれながら入ってきた。彼らは一様に肘掛け椅子に座る客の脚の間に跪くと、小鳩の痴態を眺める客らへ口淫を施しはじめる。
「んっ、んぅぅ……! あっあっ、かゆ……いぃぃっ、こすっ、て……ぇ、こすって、もっと……っ、んんっ、んっ、あ、っふぁ……っ!」
火がついたように自慰を繰り返す小鳩へ視線をやりながら、客らが脚の間に這い込んだ青年の口内に吐精する。達すると、幾らかの紙幣を精液を飲み込んだ口内へ押し込み、再び催した者はもう何枚かの紙幣を、リードを握った青年の胸ポケットへ入れる。
「精力剤を飲んでちょうど良かった。まだいけそうだ」
「おや、貴君もか。この日のために節制してきましたからな」
ねだりがましく嬌声を上げ、ひとり遊びを続ける小鳩の前で、南郷以外の客が皆、吐精を終えると、退場してゆく二人ひと組の青年らを尻目に、満足そうなため息をつく。青年らも使用人らも、ひとりとして悶え苦しむ小鳩に目をやらない。
「あっ、あっ! かゆ……ぃっ、中、っやぁっ! 助け、てぇ……っ!」
両脚を限界まで開き、奥へと張り型を進めようとするのが逆効果だとわかっていても、やめられないようだった。目元を朱らめ、涎まで垂らしながら、貞操帯を嵌められていて、達することができない。追い込まれた小鳩を南郷をはじめとする客らは、悠然と視ているだけだった。
「あの孔に挿れる剛の者はいるかね?」
誰かが言うと、他の誰かが応じる。
「遠慮しよう。発情どころではなくなる」
指ならまだしも、逸物を挿れたらもげそうだ、などと卑猥な冗談を交わし、客たちは囁き合っていた。
「ひぃーっ、ぅ、うぅ……っも、やだぁ……っ、誰かっ、誰かぁ……っ!」
「おお、よがりまくるな」
「あのままでは終われないだろう。どうするのだ? 大佐」
客が水を向けるのを待っていたように南郷はゆったり組んだ脚を入れ替え、興に乗った声を出した。
「時間はかかりますが、理論上は、あれは精液で中和できます。ご安心を」
「理論上?」
「しかし誰が相手をするのだ?」
「相手は決まっております。——鷺沢」
「……っ」
鞭打たれたように永青が顔を上げる。憎悪を解放した永青の眼差しにすら、南郷は昏い笑みを浮かべた。
「貴様の出番だ。小鳩を抱いてやれ」
投げやりに与えらえた命令に抵抗しようとすると、南郷はさらに続けた。
「貴様が拒むのであれば、……そうだな、先ほどの者らを使うか。全員が小鳩の中に出し、あれの気が狂うまで輪姦させてやるのも面白い」
「いっ、いっ……う、ぐずっ……お腹が、った、すけ、て……ぇっ!」
小鳩の泣き声が部屋の壁に反響し、哀れさを誘う。
「そのあとは、ここにいる全員に奉仕させ、腰が立たなくなるまで乱交でもさせるか?」
南郷の言葉は永青の怒りを極限まで煽り、背筋を凍らせるに充分だった。
「あなたは……っ」
歯噛みする永青を睨み返すと、南郷は地を這うように言葉を吐いた。
「ここでの貴様の振る舞いが桂木の耳に入ったら、あ奴のことだ。何をするかわからんな。諜報員としては三流以下、色情に流され、演技すらまともにできん木偶の坊だと知れたら、ただでは済ますまい。鷺沢——いや、高遠永青陸軍特務中尉……と言った方が通るか」
吐かれた言葉が鼓膜に届いた途端、目を瞠った永青を南郷は嘲った。硬直した永青に客らの視線が集まり、腰を半分浮かせる者まで出る。
「大佐、彼は元軍人では……?」
「どういうことだっ、退役したという話は嘘なのかっ?」
非難する声を浴びて、南郷は嗤う。
「ご安心を。我が手元にて、この者をつぶさに観察してきましたが、探りを入れるために懐かせた小鳩の思惑にも気づかぬ愚鈍者。小鳩に懸想し、我々に有益な情報を流してくれることでしょう。特務機関が握る、裏情報を……な」
客の小心を嘲ると同時に南郷は立ち上がると、永青の傍へゆき、耳打ちした。
「小鳩を犯し、いかせてみろ。さすれば、貴様の望みをひとつ、かなえてやる。さもなくば……」
無言のまま固まる永青を南郷はつまらなそうに一瞥し、肘掛け椅子の定位置へ戻った。
「早くしないと貴様の大事な小鳩が、狂ってしまうぞ」
誰にも聞こえる声で、南郷が促す。
「う……ひくっ、お情けを……っ、ねが、願い……っ、せんせ……っ、先生ぇ……っ! おれ、も、だめ……っ! かゆいの、も、やだぁ……っ!」
小鳩は口角から涎を垂らし咽び泣いていた。いくらかき回しても痒さが先行し、達するに至る快楽が足りないのだ。震えながら涙している小鳩は、壊れそうな声で永青を呼んだ。首を左右に振り、窮状を訴える。南郷が、ほとんど愛情をかけて育て上げた愛玩物に対する柔らかな声で小鳩を促す。
「いい子だ、小鳩。いきたいか」
「んっ! はいっ……いき、いっ、いかせて、くださいませ……っ! だ、あぁ、っ旦那様ぁ……っ!」
「そうか」
乱れる小鳩が南郷におもねるのを目の当たりにした永青は、途端に胃の辺りが熱く滾るのを自覚した。
次の瞬間、南郷が永青に向けて、何か金属めいたものを放り投げた。
「っ……?」
受け取った永青が、小鳩の貞操帯の鍵だと知る。
「貴様が外せ。ただし、犯すことが条件だ」
真鍮製の鍵を握りしめた永青が逡巡している間に、小鳩の安楽椅子の横に、いつの間にか馬の鞍が運ばれてきた。それは電線で南郷の席の傍らに置かれたメトロノームと蓄音機に繋がれていた。蓄音機に電源が入ると、針を乗せれば音が出るようだった。
「この装置に繋がれたが最後、小鳩の命は貴様のものになるのだ、鷺沢」
南郷は立ち上がり宣言すると、小鳩が狂うように使っている玩具を取り上げた。
「あっ、やぁ! かえして……っ!」
硝子製の張り型を取り上げられた小鳩から悲鳴が漏れる。
「本物の快楽が欲しくば、——ここに乗りなさい、小鳩」
「う……うぅ……っ、だ、っな、さまぁ……っ!」
南郷に腕を取られ、引きずり回されるようにして小鳩は馬の鞍に座らされた。子どもの背丈ほどの鞍の中央から半分後ろが人間の腰が入る形に丸く抉られており、小鳩は前のめりに鞍の前を掴まなければ、ずり落ちてしまいそうだった。鞍の前部分には朱い縄が左右に巻き取られており、南郷が手ずからその縄を、小鳩の首に二重に巻きつけた。縄の両端が鞍の前に引き込まれ、メトロノームが作動するたびに少しずつそれが短くなってゆく仕組みだ。小鳩の後孔を犯し鞍を前後に滑らせることで、縄を緩められるようだった。小鳩は爪先立ちのまま、出来損ないの馬の鞍に掴まり、眸を潤めていた。南郷は小鳩の髪を惜しむようにひと撫ですると、謡うように言った。
「さあ、選ぶがいい。緩慢な死か、苦痛の生か」
悪魔のような装置の説明を終えた南郷は、肘掛け椅子へ戻ると回る蓄音機に針を乗せ、高らかに宣言する。
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