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第19話 メトロノーム(*)

 ピィン、カチ、カチ、カチ、と四拍子のゆったりとしたリズムでメトロノームが動きはじめる。  蓄音機からヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』が、空気の爆ぜる音とともに流れはじめた。メトロノームのテンポに合わせ、小鳩の首に巻きつけられた縄が少しずつ締まり出す。 「はぁ、ん……っ、んっぁ、ぁぅ……っ」  小鳩が切なげに身をくねらす。爪先立ちのままっ出来損ないの馬の鞍に繋がれ、永青を待ちわびていることが言葉を交わさなくともわかった。 「小鳩……っ」  首の縄が次第に鞍の左右の端に巻き込まれ、緊張しはじめる。永青は、あの夜に小鳩と交わした約束を思い出していた。 『おれを最初に抱いて欲しい。どんな形になっても、躊躇わないで』  好んで小鳩をいたぶれと言うのか、という顔をしていたかもしれない。永青を仰いだ小鳩は小さく、『最初は先生がいいんだ……』とねだった。 『おれ、先生となら大丈夫な気がするんだ。だから、頼むよ。……約束』  いずれ決断を迫られることはわかっていた。小鳩を踏みにじり、いかせてやる他に、永青が小鳩にしてやれることは、現状ないに等しい。  しかしそれは、南郷の考案した淫らな機械の一部として、歯車として廻ることだった。 「せ、んせ……っ、あっ、お腹っ、熱いぃ……っ! ぐじゅぐじゅ……っ、して……っ! なかぁ……っ、ちょうだいぃ……っ!」  縄は瞬く間に遊びの部分を食いしめてゆく。小鳩の息がひゅうっと鳴り、ぱらぱらと涙を零しはじめた。永青は奥歯を噛み締め硬直していたが、やがて何かを振り切るように小鳩の背後へ歩み寄ると、ズボンの前立てを開き、屹立を掴み出して、小鳩の熟れきった孔へと狙いを定め、突き立てていった。 「ひぃあぁぁーっ!」 「っく……っ!」  灼熱の中は泥濘み、最初のひと突きで射精したものの、引き絞られた弓弦が放たれるように永青の欲望は到底おさまらず、同じ太さのまま小鳩の中へと再び突き入れる。絡みつき、求める小鳩を思う存分かき回す。小鳩の孔は散々に自慰で拡げられたせいか、みるみる長大な永青の形を受け入れ、馴染むように締め付けた。 「あぁっ! あっ! くる! あっ……! 初め、て、っなの、にぃ……っ!」  内壁が悦び、とろけて永青を締め上げる。膿んだ場所は催淫効果のある薬液のせいで、熱を発する別の生き物のようにうねっていた。  永青は南郷より渡された鍵で小鳩の貞操帯の南京錠を外した。長時間に渡り縛められていた局部は無残なほど赤く、所々が歪に曲がっていた。血の通りを良くするためにメトロノームに合わせて突き上げながら、永青は片腕を前へと回し、小鳩の局部を柔らかく揉みしだいた。 「レント」  南郷の声が響き、速度が変化した。  カチ、カチ、と揺れるメトロノームに合わせスライドする馬の鞍が、カタン、カタン、と動き続ける。最初に放出した精液と混じり、催淫効果は中和されつつあるはずだが、その前に永青自身にも抗い難い快楽が訪れた。痒くて、擦り立てたくて、欲しくて仕方がなくなる。こんなものに苦しんでいる小鳩を想うと、胸が張り裂けるようだった。だが今は、南郷の用意した踏み絵の上で、小鳩とふたりきり、衆人環視の中、獣と成り果てる。 「猿が二匹」  そう揶揄されるが、もうどうでも良くなっていた。  極限状態の中、やがて南郷の「苦痛の生」という言葉が意味を持ちはじめる。もしも小鳩より先に果て、永青が動きを止めてしまえば、そこから先は小鳩が死にゆくさまを見ていることしかできなくなる。悪趣味な余興に局部が皮下吸収したらしい催淫液が、永青をより深い快楽へと追い立てた。  アンダンテ、モデラート、と続き、小鳩が永青に甘えるように身体をくねらせはじめた頃、またメトロノームの速度が上がった。 「ヴィヴァーチェ……!」 「っ……く!」  メトロノームの音が、次第に攻撃的な速さに変わってゆく。  同時に小鳩の声も、いっそう淫猥な色を帯びたものになっていった。 「あっあっあぅ、あぅっ! あ! あっあ、ああっあぁ! っあ!」  速度変化に対応しきれず、縄が小鳩の喉を締め付けはじめる。小鳩を楽にするために、永青は無心に腰を動かすつもりが、やがて自身の快楽を追うようになってゆく。メトロノームに遅れず、先にいくわけにもゆかず、ただ、小鳩の命の火をここで消すわけにはいかない、と強く思っていた。 「ああっ、せんせ……! じんじん、するっ……! 前、ま、えがぁ……っぁあっ!」  朱く歪だった小鳩の屹立が、血流の滞りが戻りはじめたせいで異質な感覚に支配されているのだろう。 「あ! ああっ! なんで……っ、これ、っでちゃ、でちゃう……! 出ちゃ……ぁっ」 「いけ、小鳩……っ」 「あ——あぁあっぁぁあぁっ!」  行為の途中で出せるなら、遂情させて再び感じさせればいいだけだ。そう判断し、永青が囁くと、小鳩は素直に達した。 「あ! あん! ん、あ、あっ!」  それを呼び水にしたように、快楽が永青にも乗り移る。まだメトロノームは動き続けていた。 「あ、あぅ! ぐちゅぐちゅっ……! いいっ! いっぁ! い、ぅぁ……っ!」  いく、いった、と鞍の前をぎゅっと掴み、小鳩が永青に懇願する。 「願……っ、いっ、ゃぁ——……っ! も、止まっ、で、ない、とぉ……っ!」  速度がさらに増し、永青が突き上げるたびに、もがいた小鳩が爪先を震わせ、堪える間も無く白濁を吐く。それでも止まらない永青の抽挿に、さらに鈴口から勢い良く透明な体液を噴き出した。 「やああ! あぅ! 出ちゃぁ……ぁあぁっ! み、っ見な……ぁあぁぁっ!」  ぷしゃあぁぁ、と弾けるように、小鳩の鈴口から勢いよく透明な水が散る。ぐしゃぐしゃになりながら泣きじゃくる小鳩の噴出は、一度では済まず、二度、三度と続き、客席からも野次が飛んだ。 「おう、吹きおった」 「潮吹きとは」 「よく躾けられておりますな、大佐」  喜悦の声を上げる客らに見られながら、小鳩はがくがくと首を振る。潮吹きが終わるとさらに永青によって押し出されるようにして、じょろろ、と残留水が滴り落ちた。 「ぅ……ひくっ……、ゃ、ぁ……っ、止、まっ……っ! ゆる、してぇ……っ!」  過ぎる快楽に身を悶えさせ耐える小鳩の内部は熱く熟れ、永青の蹂躙を受け入れていた。やがてピィン、と音がして、メトロノームが止まる。同時に小鳩を締め付け続けていた縄も止まり、蓄音機も止まった。 「あぁ……はぁっ、はぁ……っ」  長い快楽に逆らえずにいる小鳩がふらりと預けた背中を支え、永青は小鳩のがちがちに固まったまま前橋に掴まっている指を解いた。 「小鳩……俺の首に手を回せるか?」 「んっ、ん……」  小鳩が力を振り絞り、永青のうなじへ手を回すと、永青は小鳩の首に巻かれたロープをむしり取り、小鳩の両膝裏を持ち上げると、客席へ開帳した。 「ぁ……ぁ……っ」  まるで子どもが用を足す時のようにすべてが露わになると、小鳩の後孔がぎゅっと締まった。孔にはまだ永青の太さを保った幹が挿入されたままだ。客がその部分を目にし、息を呑んだ気配が伝わると、その瞬間、永青はぐい、と腰を突き上げ、小鳩の中にそのすべてを叩きつけるように放出した。 「ぁ——……っ」  開帳された小鳩の局部から、ぱたり、ぱたり、と精液で中和された催淫液の滴りが落ちかかる。真新しい板張りの床を汚しながら、中を犯され、てらてらと光る結合部分も何もかもが白日のもとへ晒されると、客らは欲情からか、感心からか、小さくため息をつき沈黙した。  腰が立たなくなってしまった小鳩を安楽椅子へ戻した永青が、くつろげた前を仕舞うと、しばらく沈黙していた客らから、やがてぱらぱらと拍手があった。  何に対する賞賛か、まばらに消えゆくそれらを受けながら、永青は息を整える間もなく、汗だくになった額を南郷のお下がりの礼服の袖で乱暴に拭った。  心臓が鋼のように鳴っている。  頭蓋の奥では、まだ嵐のようなメトロノームが鳴り響いていた。

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