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第21話 忠誠心
桂木のもとに報告にゆくことも、最早、隠さずともよくなった。
片脚を引きずる動作も、偽名も、もう必要ない。
永青は出向く前に、念入りに顔を洗ったつもりだったが、汗が滴り落ちて、上手く気持ちを切り替えられなかった。報告を怠っていたのは酷暑が続く中、胃潰瘍気味だったせいだと告げると、桂木は軽く頷いた。
先だっての夜に行われた散華会について報告しながら、永青の良心は疼いた。桂木には軍法会議で死刑になるところを拾われた恩がある。そう考えた時、永青は、己の中にまだ忠誠心が残っていることに驚いた。
桂木は永青の顔色の悪さに一瞬、絶句したが、胃炎の名残りだと納得すると、無駄なことは言わずに情報を求めてきた。
「わかりません。しかし、しばらくはないものと思われます」
永青は投げやりにならないように、現状を正直に伝えた。
「根拠は?」
「例の青年が、その……」
小鳩のことを打ち明ける時、永青は自分が凌辱にかかわったことは、一切、言わなかった。南郷をはじめとする有志らの振る舞い、及び目的を、俯瞰で淡々と説明しただけだ。
「なるほど。その青年が散華会にかかわっていることはわかった。被害者のひとりだな」
「はい」
「任務を続けられそうか?」
珍しく、そんな問いを投げられた。桂木の眸の奥を読もうとするが、何を考えているのか永青にはわからなかった。友人を陥れることへの葛藤さえ、桂木の中にあるのかないのか、わからないほどだ。
「できます。やらせてください」
懇願しながら、これは自分にしか踏めないヤマだとの自負が永青にはあった。
桂木は煙草に火を点けると、椅子から立ち上がり、窓の外を見た。しばらく沈黙があり、やがてぼそりと言い聞かせるような口調で煙を吐き出す。
「必要なことなのだ、永青。我らにはどうしても、必要な……」
永青は黙って頷いた。もはや、戻ることはできない。
要件が済むと、永青はそそくさと桂木に暇を告げ、軍部をあとにした。
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