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第33話 熱(*)
風呂場で抱いた小鳩の身体を両腕で抱えたまま、永青は不自由な脚を引きずり、二階へ上がった。
のべられた布団の一方に小鳩を寝かせると、その身体に覆い被さる。すると小鳩が、そっと永青の綿入れの裾を掴むのが見えた。
息の仕方を忘れるほど、緊張したまま小鳩を引き寄せる。心臓が暴れるあまり、手が震えた。小鳩の頬を両手で掴むと、額にくちづける。少し温い、小鳩の匂いがして、今から抱くのだと思うと愛しさが溢れた。
あの嵐の夜、拒めたはずの南郷の強要を許したのは、永青自身だった。書斎で動けないまま、南郷の一方的な狼藉を許したのも、永青自身だった。小鳩を弄び、勧められるまま貪ったのも、永青自身だった。何かに駆り立てられるようにして、南郷の狡智に抗うのを諦めたのも、また、永青自身だ。
己の弱さをずっと恥じてきた。心が揺らぐのを小鳩のせいにしようとした時もあった。
しかし、それは永青が本来、持つべき、向き合うべき瑕だったのだと今はわかる。
腕の中で小鳩が身じろぐ。
この存在を大切に守りたいと思う。
同時に、穢してしまいたいと思う。
矛盾した衝動を抱えながら、永青は小鳩の唇に、ほとんど初めてくちづけた。
「せんせ……ん、……」
小鳩の浴衣の帯を解くのを手伝い、静かにくちづけを、鎖骨へ、肋へ、胸の飾りへと落としてゆく。その間にも、小鳩の細い指が永青の脚の間の屹立を、緩やかに撫でさすっていた。
「おれ……あ、あさ、ましくて……っ」
「謝るな」
触れ合う場所から、互いのことを知る。
「俺を選んでくれて嬉しい。きみが卑近に思うことなど、何もない。好きだ」
「っ」
小鳩が腰を緩やかに振る。胸の飾りに軽く触れると、ぷくりと尖り、愛撫を待ち焦がれているようだった。そんな些細な変化にすら、胸が熱くなる。永青の指を待ちながら薄く上下する乳首の一方をつまむ。もう一方を食むと、かすかな声が上がった。
「ぁっ……」
数ヶ月、触れ合わなかったのが嘘のように、小鳩の身体は蕩けていった。舌先で桃色の突起をくすぐり、もう片方を捏ねるように揉むと、小鳩がたまらない顔をする。
小鳩の浴衣の裾を割り、下帯に前から手を入れる。既に半分、勃ち上がりかけている幹を手で包むと、指のあわいで撫でさすりながら、鎖骨のごつごつした骨を永青は甘噛みした。見る間もなく硬さを維持した小鳩の屹立を扱くと、がくがくと鳴っていた膝がほどけた。
「せんせ、永青、さ……っ」
もぞりと動いた手が、もどかしげに永青の裾を掴む。
「永青さ……も、脱いで……」
舌ったらずに言われると、永青は綿入れと浴衣から腕を引き抜き、己の前で滾っているものを掴み出した。
「怖くはないか、小鳩……」
「ん、……っ」
「先に進んでも?」
こくこくと頷いて、小鳩は静かに問いかける永青の背中に手を回した。永青が小鳩の幹の先端をくすぐると、とろりと透明な先走りが溢れる。
「ゃ……ん、ああ……っ」
嫌がるのとは明らかに違う甘い声で身をくねらせる小鳩に、永青の自制心も奪われてゆく。脳が煮えそうな緊張で目眩がする中、暴走しないようにと食いしばる永青の唇を、小鳩が啄み、促す。
奥まった場所に指を這わせると、ひくんっと反応した。閉じた状態のまま、まるで永青を待っているかのように波打つ。
「ぁ……、ぁ、せんせ……っ」
艶めいた声でねだられると、理性が崩落してゆくのが永青にもわかった。
「膝を開いて、よく見せてくれ」
「っ……」
思わず出た永青の言葉に、小鳩は半瞬、息を呑んだ。そのあと、甘い吐息を不規則に吐き出しながら、永青の下で膝裏を掴むと、小鳩は左右に膝を開いてみせた。淫蕩なその様子に脳髄がぎゅっと痺れる。やがて、小鳩が小声で永青を見つめながら息を荒くした。
「こんな……っ、格好……恥、かし……っ」
小鳩の羞恥心の限界を試すかのように、永青は見惚れた。小鳩が見上げる永青が、濡れた鈴口を撫でながら、もう片方の指を後孔に挿入する。先端から零れた透明な蜜は、小鳩の下腹を濡らし、はっきりと快楽を主張していた。
「ゆ、び……、ゆ、ゆび……っ」
中は熱く滾っていた。挿れて、増やして、と永青にせがむ様子がいとけなく、愛おしい。小鳩の哀願に応え、ぬぐ、と中を探ると、内壁が痙攣し、小鳩が腰を揺らめかせはじめた。
「うご、かし、て……、おねがい……っ。あ、……っがま、でき、な……っ」
途端にぽろぽろと涙が目尻を伝い落ちた。永青は、それを拭うと、中を探る指を慎重に増やした。ほどなく小鳩のいい場所を探り当てると、そっと押すことを繰り返しながら、愛撫する。
「あ、あっ、お尻……っ、気持ちよく、なっちゃ……っ」
恍惚に表情を濡らす小鳩に、鳩尾の奧から熱いものが込み上げてくる。この欠くべからざる存在を、心の底から愛したいと思った瞬間だった。
「なってしまえ」
「ぁっ……!」
「俺も、きみの中が気持ちがいい……」
「ぁっ、ぁぅ……っ!」
ねだりがましく腰を動かす小鳩に、永青もまた煽られるようにして淫蕩になっていった。小鳩を心底から求めるあまり、熱に浮かされた永青の顔に、怯えやしまいかと不安になる。だが、まるで永青の心を読んだように、小鳩は口角をわずかに上げた。
「せんせ……っ、ん、もち、い……っ、ぁ、あっ……!」
呼ばれて、もっととせがまれると、もう制御するのが難しくなってくる。
「先生、せんせい……っ」
「っあまり、煽るな。きみを傷つけたくない……っ」
眉を寄せた永青に、小鳩の口角がまた少し上がる。
「おれ、で……感じて……? せんせ……っ」
「っ……めちゃくちゃにしてしまいそうで、怖いぐらいだ」
「嬉しい……っ、ね、これ、も……挿れ、て……?」
「ふ……っ」
小鳩が、永青の中心で滾るそれに触れると、永青は後孔から指を抜き去り、両手で小鳩の腰を掴んだ。手の中に残る温もりを、壊したくないと強く思う。その瞬間、永青の屹立を小鳩が取り出し、手で支え、後孔へと導いた。
「は……ぁ、せんせ、の……っ」
「小鳩……、きみをくれるか」
腕で身体を支えながら永青が尋ねると、小鳩はどこか胸がいっぱいになったような表情をした。
「おれ、もらってい……? 永青さん、を……」
「もらってくれるのか?」
「もちろん。……っ返品不可だよ? おれのものに、なって、くれる……?」
「……ああ」
そのわずかな沈黙に、永青は小鳩のうなじを引き寄せた。
「好きだ」
「せん……っ、永青、さん……っ?」
「きみが俺を呼ぶ声が。きみのことが。きみの魂が……愛おしくてたまらない」
言いながら涙が溢れてくる。南郷はこれを見越していたのだろうか、とふと永青の脳裏に、かつてほとんど憎悪したはずの男の顔が過ぎった。真実は闇の中だが、少なくともお膳立てをしたことに対して、永青は今、恨みを越え、密かに感謝さえしていた。
「きみと初めて顔を合わせた日のことを、覚えている。きみを見ると胸の内側が引っ掻かれるような気がして、不快だった。今、その理由がわかった気がする。不安にさせて、すまなかった。俺はきみが好きだ、小鳩」
「っ……」
永青の言葉を聞きながら、小鳩はぱたたっと涙を零した。
「どうした?」
「ん……っ、嬉しくて」
「?」
「おれ、ずっと永青さんが命綱だと思ってたから。でもおれみたいな出自の人間は、誰かを好きになるなんて、できないと、思ってた……」
「……そうか」
密偵にとって色恋沙汰は命取りになりかねない。小鳩が気持ちをずっと抑えていたように、永青が気持ちを整理しきれず、小鳩に傾いたように、かつてはしていた腹の探り合いを、今はもうしなくていいのだと思うと胸がざわめいた。
「おれも、永青さんが好き。ずっと……前から、好きだったよ」
「嬉しいことを言ってくれる」
「ん……」
永青の固く天を突かんばかりの屹立を、小鳩は己の中に導き、ゆっくりと誘った。
「あ、ぅ、ぁぅ……っ、好き……っ、すきぃ……っ」
これ、好き、と繰り返しながら、永青の腰に脚を絡め、体内に挿入させてゆく。小鳩の手が永青のうなじに回る。その手を引っ張り、永青を引き寄せた小鳩は、永青へのくちづけを惜しまなかった。
「は、ぁ、入っ……」
「つらく、ないか……っ?」
「ん、おれ、み、淫らで、ごめ……」
「乱れたきみは、最高に可愛い。……おいで」
小鳩がしがみつくまま、永青がゆっくりと突き上げる。髪を梳きながら会話のできる速度で、お互いが馴染むように動いた。
「ひさ、し、ぶりだから……っ、狭……って、でき、て、よかっ……あっ、あ……っ」
ぬずず、と挿入り込んだ永青が、内壁を巻き込むように出てゆくと、小鳩はたまらないようで、しきりに声を上げた。
「あ、あ……っ、挿入って……、あっ、出て……っ、また、あ、ああ……っ」
やがて互いに揉み合うように腰をこすりつけ、動きはじめると、内側を蠢く熱が支配した。
「え、せい、さ……っ、あ、好き……っ、好き……っ」
好き、と繰り返す小鳩にもらったのと、同じだけのものが返せるといい、と永青は強く思う。その想いの強さを乗せるようにして、小鳩を揺すり上げ、次第に激しく出し入れしはじめる。
「ふ、あ、ああ……!」
視線が絡むと、互いに欲情しているのがわかる。確信を込めて抽挿を速めると、小鳩が次第に崩れていくのがわかった。その熱に煽られながら、小鳩のことを追い詰めてゆく。聴衆も、拍手も、野次も、視線も、何もないところで、ふたりきりで、互いのためだけに交合した。
「あ……っ、ん、ぐちゅぐちゅ、する……っ、好き……っ、これ、好き……っして、ぁっ、す、すき……っ」
円を描くように腰を回したり、穿つように突き入れたりしながら、永青もまた限界が見えてきていた。不規則に収縮を繰り返す小鳩の後孔は、熱の泥濘と化し、永青を包んでいた。
「あ、止、ま、らな……っ、ど、しよ……っ、永青さ……っ、えい、せ、さん……っ」
永青の肩につかまった小鳩が、身体を左右にくねらせる。瑞々しい快楽に染まった声が、やがてすすり泣きに変わり、切れ切れな喘ぎ声になる頃、ふたりに限界が訪れようとしていた。
「あっ、あ、ああ、あああ、あ……っ」
互いの身体が密着し、汗が混じる。小鳩の背中を抱き、突き上げると、内壁がぎゅっと収縮した。
「ああ……っ!」
刹那、小鳩の白濁が白い腹の上に零れた。精液にまみれた腹筋をそのまま使って、小鳩の前を身体の間に挟むように刺激すると、たちまち喘ぎ声が漏れ、泣き声に変わった。
「あ、ぅぁ、はぁっ、あ、ああ、あああ……っ、あ、あー……っ!」
がくがくと小鳩が快感の波に震え出す。永青を咥えている場所がはしたなく蠕動運動を繰り広げていた。
「っも、だめ……っ、いっちゃ……いっちゃって、る、からぁ……っ」
小鳩の絶頂を悟った永青が一際、深く突き上げると、そのまま奧へと迸りを放つ。
「あ……なか、っ……出、てる……っ」
壊れてゆく小鳩をその腕に抱き止める。
「愛している」
愛という概念を、どう形にしたものか、ずっと考えていた。けれど、好きだと伝えれば、それはまっすぐ伝わるのなのかもしれない。
「きみが、好きだ。小鳩……好きだ、っ」
やがて小鳩の鳴き声が途切れ、中の収縮が次第に小さくなってゆく。
永青は、しばらく両腕に小鳩を抱いたまま、離そうとしなかった——。
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