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第34話 朝のこと

 性的交渉が皆無だった数ヶ月を埋めるように互いを貪り合い、そのまま何度か互いに放つと、力尽き、朝まで寝こけて、一緒に眠っていた小鳩に起こされる始末だった。 「ふふ」  寝癖のある永青の頭を見て、小鳩はくすぐったそうに笑った。その顔にもうかつての影は残っていない。小鳩が無邪気に笑う顔を、永青は胸の奧で幸せとともに噛み締めた。翌朝が休日だったこともあり、小鳩は永青の横で頭を肩にくっつけて甘えた。 「おれ、昨夜までは自分のこと、汚いと思ってたかもしれない」 「小鳩……?」 「永青さんが現れるまで、いろんな人がきたけど、ひとりとしておれに正面から向き合おうとしてくれた人はいなかったよ。みんな、旦那様が追い出しちゃったし……。それが、永青さんがきて、旦那様に対して色々注文付けてさ。何だか……ああ、この人も、旦那様も、みんな、ちゃんと人間なんだな、って」 「……そうか」 「旦那様も、きっと、最期は……」  小鳩は少し遠い目をすると、すぐに戻ってきて永青を見た。 「生まれ変わったら、もっといい人生になるといいな。そのうち、お墓参りにもいきたい。墓が、あればだけど」 「そうだな……探して、いってみよう」 「うん……」  ふたりで墓前に報告しなければなるまい。南郷は笑うだろうか。それでも、きっと悪い顔はしないだろう。 「脚、痛まない?」 「大丈夫だ」 「麻痺が残るだろうって、尾瀬さんが」 「残っても軽微だ。大したことはない」  本当に、大したことなどないと永青は思った。小鳩と夜を生き抜いて、陽のもとにやっと出られた。これからは、光の中を歩いてゆける。ふたり一緒に。 「旅順、奉天……ずっと闘ってきたんだな……、苦しかった?」  遠慮がちに小鳩が尋ねてきた。 「そうだな……」  今となっては、それを理由に、人を斜めに見てきた気がする。  だが、小鳩と出会って、永青は、自分の芯が少し変わったような気がしていた。 「きみと同じだ。今は、己の一部なんだと思える」  無駄なことなどないのだと、永青は痺れの残る左脚に祈った。肉となり散っていったかつての同胞たちに、安らぎが訪れるように、と願うことができる。 「そっか。おれと同じか」 「ああ」 「お揃いだね」  小鳩はそう言うと、花が咲いたように笑った。  天真爛漫なその笑みを見て、永青はどこかで直感していた己を悟る。  きっと初めて出会った時から、心のどこかで小鳩の美しさを知っていた。それを憎みながら、愛していたのだろう。  愛して、いたのだ。

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