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5 おうちで映画鑑賞(後編)
無理に聞き出すのもどうかと思うので、俺は家に着くなりコーヒーとクッキーを用意して、映画を再生する。ソファに腰掛けると飼っている猫のにゃーたんがすり寄ってきた。
\我が名はウサベロス/
ウノくんが一番に選んだ三つ首うさぎの映画は終始もふもふで、がおがお言っていてなんだか癒やされた。ウノくんはソファで隣にぴったりとくっついて、にゃーたんを撫でながらも俺から離れない。可愛いが、多分甘えているだけではないのだろうと察する。
恐らく不安なことがあるのだ。それは先程出会った男に関連することに違いない。それでも俺が切り出して良いものかわからず、これが観終わったあとにどちらの作品を選んだものか迷う。それとも……もう観るのはやめようか。
\がおがお/
テレビに映ったウサベロスの声に、にゃーたんが《やんのかステップ》を踏み始めた。ウノくんは自分の手から逃げてしまったにゃーたんをそのままにして、ぼんやりと口を開く。
「あんなぁ、ダーさん」
「――どうした?」
「さっきの人……なぁ」
「うん」
「日本舞踊の先生やねん。地元からこっち出て来て、二年くらいお世話になって」
「まさかウノくんあの男に……」
手籠めにされたとか、そういう話か? だとしたらあの男を俺は許さん。ピリッとした空気を悟ったのか、ウノくんはびくりと体を強張らせた。怖がらせてどうする。意識的に表情を和らげ、続きを促す。
「――俺んち、昔から踊りの家系でな? 修行言うて、外に出されたん。長男なのに下手くそやったから」
「それが嫌だったとか?」
「や……なんというか……」
ウノくんが何か迷っている。しかし急かしたところで良い結果が待っているとは思えなかった。俺はおかわりのコーヒーをウノくんのカップに注いで待つ。
「俺なぁ、無理ってわかっとるん。出来のいい姉ちゃんもおるし、正直跡継ぎとか任せてしまいたいんや。せやから先生に相談して、やりたいこと見つけて……トリマーの勉強してな。うちのおとんとかはえらい怒ってもうたけど、先生庇ってくれて」
「ん、いい話じゃないか……?」
思っていたのと違う流れになってきて、俺は首をひねる。さっきの感じだと、嫌がっているようにしか見えなかった。
「うん。ええ人なん、先生。せやから俺な。好きになってもうたんや」
「――え」
「ダーさんと出会う前のことやけど……ごめんなぁ」
ウノくんが誰かと付き合うのは俺が初めてではないと、なんとなくわかってはいた。しかし実際に言葉にされてしまうと、嫉妬ばかりが募ってしまう。
出会う前のことだ。それは致し方ない。理性ではわかっている。しかし贅沢を言うならば俺がウノくんの初めてを貰いたかった。もやもやする。
「先生には迷惑かけたよなあ。預かりもんの俺が踊るのやめてもうて」
ウノくんは深くため息をついた。
もしかして古風な印象の一之進という名前が苦手と言ったのは、家のことを思い出すからなのだろうか。確かになんだか日本の古典芸能が似合いそうな名前ではある。
「それで先生とは、今は別れたってことでいいのか?」
「いや、つまり……俺の片思いやねん。最初っから付き合ってない」
「ん?」
「奥さんおるよ、先生。片思いがつらくて、俺が勝手に逃げ出したん。先生は理由もようわからんまま俺がいなくなったから、多分探してくれてたんやろけど。一緒にはおれんもん」
――先生とは、何もない。よし。
「でも成人したええ大人が……いや今はな、ダーさんがおるから違うんやけど。片思いの相手から逃げ回るなんて、ないわなぁ。ダーさん、がっかりやろこんなヘタレ」
「そんなことない。ウノくんは好きに生きたらいい。俺が幸せにするから。……だから先生のことは、もう忘れてくれないか?」
「ダーさん、……好きぃ」
急にウノくんは本当の甘えん坊モードになって、俺にしがみついてきた。が、ふとさっき借りたAVが気になったのか、『わんこ攻めと年上美人♂とモブおじさん』を再生させる。
「これ観ながら、めちゃくちゃ抱っこしてな。なんならビデオとおんなじことして」
どういう内容かわからないが、再現するには三人必要な気がした。そして年下わんこ攻めという設定は俺たちとは明らかに条件が相違しているのだが、少しくらい取り入れられるだろうか。
断じてモブおじの介入なんて許さない。ウノくんを誰にも渡したくないし、指一本触るのも許さない。だから日舞の先生だろうがなんだろうが、ウノくんの目の前から排除する。俺なら出来る。やってやろうじゃないか。
固い決意を胸に、俺はウノくんの体を抱き寄せた。
「ウノくん……ベッドには行かないの? ここでするのか?」
「寝室にはテレビないやん。ここでダーさんを目一杯ちょうだい♡」
ウノくんは邪気のない笑顔を浮かべながら、俺の服のボタンに手をかけた。可愛いんだが? もう結婚してくれ。愛してるから。
――ウノくんの初めての相手って、じゃあ誰なんだろう。
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