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第4話

 小さい頃から啓太は憧れだった。決め付けや強要するような言い方しかしない兄とは違い、物腰も柔らかくいつも穏やかで優しかった。  そんな気持ちが恋心だと気付いたのは意外にも兄に彼女が出来たと聞いたときで、小学生だった俺は特に学校に好きな子がいるわけでもなく興味もなかったけど、兄に彼女が出来たなら啓太にもいるのかと気になって兄に聞いた。そこで、今はいないが過去にいたことを聞いて、なんとも言えない嫌な気分になった。  暫くその感情が何かわからなかったけど、兄にそれとなく聞いてみればそれが恋だと教えられ、またそれがしっくりときた。もちろん相手が啓太であることは言わなかったので、兄はクラスの女子に恋をしたと思っていただろうが。  そんな事を思い出していると、啓太の手の動きが止まった。 「さっき颯季が言ってたんだけど、亜季くんって本当に颯季の前で泣いたことないの?」  突然何を聞かれるのかと思いながら頷くと、啓太は目を丸くした。 「へぇ、泣かないって本当だったんだ。親の前とかでもないの?」 「ないよ。俺、泣くの嫌いだし、絶対にそんな姿を人に見せたくないんだ。だから……」 「我慢強いんだね」  そう言いながら顔を覗き込む啓太の瞳に自分が映り、ふと六年前もこうして啓太の瞳に自分が映っていたことがあったと思った。 (あ、あの時……)  それと同時に今の今まで心の奥底に沈めていた自分の情けない姿も堰を切ったように思い出し、あまりの恥ずかしさに思わず背を向けて足下を見つめていると、啓太の気配が動いたのと同時に視界に啓太の靴が見えた。  そして少し屈んだ啓太が俺の耳元で囁く。 「じゃあ、僕は特別ってわけだ」 「な、何が?」  思いもよらない言葉に顔をあげると、またその瞳に自分が映った。 「あの日のこと覚えてない? 僕の両親が死んだ日、何が起こったのかわからずに呆然としていた僕の代わりに亜季くんは泣いてくれた」  思い出したのは啓太の両親の訃報を知った日、店に駆けつけるなり呆然と椅子に座る啓太を見て狼狽えた。  何度、身体を揺すっても反応はなく、ぼんやり遠くを見つめているその目は光を失っており、そんな生気のない黒い瞳に自分が映っていて悲しくて、このまま啓太も消えてしまうんじゃないかって怖くて、覚えている限り初めて声をあげて人前で泣いてしまったのだ。 「あ、あれは……出来れば忘れて欲しいんだけど……」  自分の醜態を心の底に封印して、泣いたことないとか言っていたなんて恥ずかしくて、視線を逸らすと啓太が俺の頭を撫でた。 「忘れられないよ。ちょっと困っちゃったけどね」  やはり困らせてしまっていたという事実に少し胸が痛んだが、それも当然だろう。 「やっぱ困らせてたよね。ごめんね」 「別に悪い意味じゃないから。そこはかとない喪失感から救ってくれたのは亜季くんなんだよ」  啓太はそう言ったけど結構泣き喚いたし、思い出すと恥ずかしいやら情けないやら複雑な気分になってまた目を伏せた。  そんな俺を見て、静かに笑うと顔が近づいてその柔らかな黒髪が頬に触れる。 「今日、依頼されたアレンジメントの写真見る?」  手にしたタブレット端末の画面にはピンクや紫の花を使って淡い優しい印象で纏められたバスケットフラワーが写っていた。仕上がりを楽しみにしている俺の為に啓太はいつも写真に撮っておいてくれる。  それが俺の気を紛らわせる為の優しさであることは明らかで、やっぱりそんな優しい啓太のことが好きだと思った。

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