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第5話
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それから数週間、兄はなぜか結構な頻度で家に帰ってきていた。心なしか兄の部屋を掃除する母の機嫌も良いそんなある週末。
バイトが終わり自室に戻ろうと階段を上ると兄の部屋のドアが少し開いて光が漏れていた。部屋の前を通りかかったところで、話し声が聞こえてきたので、誰かと電話でもしているのだろうと気にも留めず通り過ぎようとした時。
「愛してるよ」
うっかり聞こえてしまった会話に思わず足が止まった。
兄弟のこういう場面に出くわすのは結構気まずい。
「ふふ、なんだよ。照れるなって。お前が言えって言ったから言ったんだろ」
呑気に笑って惚気ている兄によく恥ずかしいことを言うものだと呆れながらその場を立ち去ろうとした。でもその後、耳に入ってきた名前に心臓が止まるかと思った。
「なぁ、啓太。俺のお願い聞いてくれるか?」
思わず足が動かなくなる。
(今、啓太って言わなかったか?)
すると兄が言っていた言葉が頭の中で復唱される。彼女と話しているものだと思っていた。惚気たりなんかして恥ずかしいとさえ。
でも電話の相手が啓太であるなら、その前の言葉の意味が変わってきてしまう。
思わずその場に立ち尽くし、気付けば兄の発する言葉に聞き耳を立てながら息を潜めていた。
「……俺の一世一代の告白。受け入れてもらえるかな」
問いかける声は和やかで、それはきっと電話の向こう側の啓太も和やかに応えているのだろうと想像するとつらかった。
ぎゅっと拳を握りしめると手のひらに爪が食い込んで痛い。でも、その痛みでかろうじて立っていられる。
「じゃあ、明日行くから。うん、頼む。あと、亜季には俺から言うから」
そう言いながら電話を切っている姿を見て、足は自然と花屋の方に向かっていた。
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