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第10話

「この一服は父への手向けです」  そう言うと、彰吾はまだ半分も残っている煙草をその場に投げ捨てた。赤く灯る火を黒い靴で踏み潰すと、 「近頃は煙にならないんですね」 「煙?」 「ええ。この火葬場には煙突がない」  改めて火葬場の建物を確認する。確かにここには煙突のような排煙装置が無かった。 「ほら、ドラマなんかで良くあるじゃないですか。遺体を焼いて煙突から空へと立ち上る煙を見て、故人が天国へと登っているんだ、っていうの」  確かにそんなイメージがあるな、と悠希もそのワンシーンを思い浮かべてみる。 「あなたには、その煙を見て父に別れを告げてもらいたかったんです」 (どうして、わざわざそんなことを……) 「……なぜ?」  不思議に思い悠希は彰吾に小さく問いかけた。すると彰吾の瞳に初めて感情が現れた。そして彰吾は唸るように、 「あなたと俺達家族を壊した男の末路を、最後まで見届けて欲しかったから」 (壊した……)  確かに三年前の突然の出来事を思うと、自分は彼に傷つけられたのかもしれない。  しかし、彰吾の家族も壊したとは一体……。 「彰吾くん。あの……、妹さんの傍にいてあげなくてもいいのかい?」  彰吾が表した感情は明確な怒りだった。悠希はその静かで激しい感情に当てられそうになり、思わず彰吾に妹のことを聞いた。 「ああ、あれはいいんです。すみません、お見苦しいところを晒してしまって」 (見苦しいなんて……。誰でも自分の肉親が亡くなってしまったら取り乱しもするだろうに)  悠希は彰吾の冷たい口調を気にしつつも、 「だけど、妹さんは各務部長……、お父さんのことが大好きだったんだね」  悠希の言葉に彰吾は瞬間、息を詰めた。そしてふいに、くくく、と低い歪んだ嗤い声を上げた。 「だとしたら、あいつはかなりの女優です。あれはね、振りですよ。哀しんでいる振り」  妹を小馬鹿にする彰吾に悠希は身の置き所がない。 「ああして泣き喚いていれば周囲の同情を買って、自分に優しくしてもらえると思っているんです。ああ、それと父親を亡くした可哀想な自分にも酔っているんですよ。本当にうちの母親と同じで、あいつは思慮が浅い」  悠希の驚きの表情に気がついたのだろう。彰吾は一つ大きく息をついた。そのまま黙ってしまった彰吾を前に、悠希は目の前のあの人に良く似た青年の姿を見つめた。  あの人の面影そのままの若者。彼はどうも自分の父親に対して良い感情を抱いてはいない。

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