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第14話
次々と受信フォルダに残されたメールを開けていく。最初のほうは仕事絡みのものばかり。そんなに数も多くはない。途中で『忘年会に遅れそうでしたら幹事に直接連絡をお願いします』などという砕けたものもあったが、あの頃は忙しい各務との接点はそんなに無かった。
(でも、何かおかしい)
悠希はひとつひとつのメールの本文に目を通すのは止めて、受信フォルダを下へと移動していく。スマートフォンとは違い、ページを切り替えて表示されたメールは全て同じアドレスから送られている。
(まさか……、全て俺が送ったメールか?)
試しに途中のメールを開けてみた。最初のメールから約半年後のものだ。そして、そこに記されていたその一行に、悠希は心臓を鷲掴みにされた。
『わかりました。これからのことは二人だけの秘密にします』
(これは……、あの最初の夜の……)
多分、各務からのメールに返信をした内容だ。このメールのやり取りから自分の世界は変わってしまった。
全てが彼と自分とを中心に動いていた世界。それは永遠に続くものだと信じて疑わなかった。
この先にあるであろう自分が各務に送ったメールは、悠希が消し去りたい過去だ。三年前に自ら破棄したものが各務の手によって保管されていた。
それもどう見てもこの携帯電話に入っているのは、彼と過ごしていた頃の悠希の脱け殻だ。各務はそんなものを死ぬ間際まで、後生大事に持っていたのだ。
(自分から俺を捨てたくせに)
各務の息子はこれを父親から悠希への遺言だと言った。それに懺悔だと。
受信フォルダから送信フォルダへと移動する。やはりそこには古い日付から送信履歴がずらりと並んでいる。最初のほうは飛ばして、さっきの返事の元となった送信メールを探した。
(これか?)
送信日時からするとそうだろう。悠希はこくりと喉を鳴らすと、そのメールを開けた。
『この前は本当に驚いたが、藤岡の本来の姿が分かって嬉しかった。おまえの隠された部分が、あんなに魅力的だとは思いもしなかった。どうだろう? これからあの時のように時々二人で逢わないか?』
急に息苦しさが増していく。これがあの夜のあとに悠希に届いた各務からの送信メールだ。確か、これには返事をしなかった。悠希は次のメールを開けた。そこには、
『あの夜のおまえの乱れた姿が忘れられない。あんなにおまえが美しいとは。あれで終わりたくはない。もちろんこの件は他言はしない。できれば、まだ俺の知らないおまえの姿を見てみたい』
――美しい。
これは何度も各務に言われた台詞だ。そして再会した彰吾も同じ言葉を口にした。息苦しさを鎮めようと、はぁ、と大きく息をついた。
駄目だ。各務のことは心の奥底に封印したはずだ。なのに彼は出てこようとしている。
――あの焼かれるためだけに閉じ込められた、狭い四角い箱の蓋を開けて。
手の中の携帯電話から視線を暗闇ばかりの窓へと移して、悠希は、あの始まりの夜の記憶に流されていった。
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