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第19話
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本当に信じられない――。
悠希は鏡に写る自分の姿に、何度目かの疑問を投げかけた。
鏡に写っているのは、熱いシャワーを浴びて少し頬を上気させた自分の姿。着ているホテルの白いバスローブは、先にシャワーを浴びてバスルームから出てきた各務とお揃いだ。
何度か想像したこともある。新人研修後に配属された今の部署の課長。随分年上なのに、エネルギッシュで若く見えて優しくときに厳しい人。当然、彼の部下の信頼も厚くて慕っている社員は多い。
そんな人に優しく囁かれて蕩けさせてもらえたら……。
ほんの少し前だったのだ。自分が職場の上司に仄かな恋心を抱いていると理解したのは。だけど、この想いは無かったことにしようと思っていた。相手は既婚者で子供もいる幸せな家庭を築く父親だったからだ。
それがなぜ、こんなことに――。
鏡の中の自分は浮かない顔だ。本当ならば、とても嬉しいはずなのに。
あまり各務を待たせるわけにもいかない。大きなため息をつく鏡の中の自分の姿を最後に、悠希は覚悟を決めてバスルームを出る。薄灯りの部屋の中では、各務がダブルベッドの端に腰を掛けて、缶ビールを口にしながらニュースを視ていた。
いつもきちんとセットされている髪は洗いざらしで、さらに若く見える。バスルームから出てきた悠希に笑いかけると、各務は手元のリモコンで流れるニュースを消した。
各務の笑顔を戸惑い気味に受け取って、悠希も備え付けの冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
酒はあまり強くはないが飲まないとこの場から逃げ出したくなる。その場でプルタブを開けて、なけなしの勇気を奮い起たせるために、ビールを喉に流し込んだ。その一連の行動を、まるで珍しい動物でも見るように悠希を観察する各務に、悠希は先ほどから気になっていた疑問を投げかけた。
「あの、どうして、あの店に」
ああ、と各務は笑って、
「昔から通っている。もちろん、周囲には内緒だがな。今夜のおまえと同じだ。一晩限りの相手を探していたんだよ」
「先に課長に声をかけた人は」
「先に声をかけた? ああ、あの二人か。それも見られていたのか。あの二人は前に一度寝ているからな。俺は基本、二回目は無しなんだ」
「……あの、指輪……」
小さく問うた声と悠希の視線の先が、自分の左手に注がれているのに各務は気がついて、
「そりゃ、こんなときは外さないとな。一晩とはいえ相手にも失礼だろうし、若干の罪悪感もある」
「……その、いつから……男を」
「そうだな、同性を好むことに気がついたのは就職してからだよ。学生の頃は普通に女性と恋愛をしていた。いや、恋愛じゃないな。恋愛の真似事だ」
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