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第33話

 ふう、とまた吐息を吐き出して小さな画面を追っていく。仕事の指示に、客先へ出向いてから出社する旨を伝えるもの、ちょっとした案件の不安への的確なアドバイス。  各務のオフィシャルなメールからは面倒見のいい、優しい上司の顔が窺える。  各務と秘かに付き合い始めてからしばらく経って、新しい年度が始まり悠希の後輩社員が出来たころ、悠希は各務の直属のチームに正式に迎え入れられた。今までよりも一層、各務との距離が近くなり悠希は周囲に二人の秘密がばれないようにと緊張を強いられる毎日を送るようになっていった。  悠希とは逆に各務のほうは、今までの周到さが少しずつ緩んできたのか、何かと藤岡、藤岡と悠希に声をかけるようになっていた。それはとても嬉しい事だったが、悠希としては気が気では無い。ところがある日の飲み会で、「各務課長は藤岡くんを体のいい丁稚にしてるよね」と、女子社員達に笑われたことで、ああ、そんなに気にすることでも無いのかな、とますます各務にのめり込んでいった。 (本当にあの頃の自分は、大人とは名ばかりのガキだった……)  件名が入っていないメールを拾って開いていく。  多くは夜の誘いの短い言葉。だが、少しずつ時間が経過していくと、そこには遊びを含んだ甘い言葉が示されるようになっていた。  ピッ――。 『今夜も雨になってしまったな。雨男は伊達じゃないだろう?』  いつも各務と二人で逢うときは雨が多かった。降水確率がゼロパーセントでも真夏の日照り続きのときでも、まるで各務は雨雲をペットにしているかのように、雨を降らせるのだ。 「もう、こうやって秘かに逢うのは初めてじゃあないんですけれど」  悠希がピロートークでからかい気味に言うと、各務は罰が悪そうに苦笑いをしながらキスをくれた。  ピッ――。 『すまなかった。昨夜は少し調子に乗りすぎた。体は大丈夫か?』  ひと月に一度の逢瀬では足りないのか、逢うと各務は精力的に悠希を抱いた。それはとても密度が濃くて激しくて……。  各務の発する熱に焼き付くされて、悠希が涙を流して赦しを請うても、各務は朝まで悠希を穿つことを止めなかった。  ピッ――。  次のメールを表示させたところで軽やかなメロディが車内に鳴り響いた。やがて大阪に到着するアナウンスと共に列車の速度が落とされていく。ギラギラとした都会の灯りが窓に付いた雨に反射して滲んで見えた。

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