34 / 131

第34話

 ホームに着いた新幹線からぽつぽつと乗客が降りていった。悠希の車両も残ったのは数人程だ。すっかり賑わいの無くなったホームをぼんやりと眺めていると、平日の夜なのに父と子と思われる親子連れが楽しそうに話をしながら歩くさまが目に入った。  子供と言っても小学校の高学年くらいだろうか。いや、もしかしたらすでに中学生かもしれない。大きなリュックを背負い、何やら父親に話しかけている様子を横目にしながら、列車はホームを出発した。 (確か、あれくらいだったな、彰吾くんも)  遠くなる都会の灯りを背に先ほどの少年と昼間に会った青年を比べていた。  隣の席に各務の携帯電話を放り投げて立ち上がるとデッキへと出た。空の缶を捨て、小用を済ませて椅子に体を馴染ませたところで京都に着いた。しばらくすると乗客を降ろし終えた列車が動き出す。 (駅の造りなんてどこも変わらないな)  当たり前のことを思っていると車内販売のカートが車内に入ってきた。悠希はそれを呼び止めてまた缶ビールを買った。 (普段は自分から飲みたいとは思わないのに)  プルタブを開けて冷たい液体を口に含む。喉を流れるスッキリとした刺激が少し体を覚醒させた。隣の席に放置していた深紅の携帯電話を再び手にする。 「この色がいい。これにするよ」  この携帯電話を選んだときの各務の台詞が蘇る。 「赤色がいいんですか?」 「ああ。赤と言ってもメタリックで濃い色だろう? 別に俺が持ってもおかしくはないよな」  プライベートで昼間に二人で街を歩いたことなど無かった。その日もたまたま客先に各務と出かけた帰りだった。近頃、携帯の調子が良くない、と言って各務は目に入った家電量販店へと悠希を連れて入ったのだ。 「部長。ガラケーよりもいい加減、スマホにしたらどうですか?」  そうだ。各務がこの携帯電話に買い替えたのは確か今から五年前だった。その頃の各務は部長になっていた。 「いいんだよ。機能ばかり沢山あっても使いきれないし、それに電話かメールくらいしかしないんだ」  嬉しそうに新しい携帯電話を手にした各務と近くのカフェに入ったと思う。そして新品の携帯電話を渡されると、 「俺はこういうの苦手なんだ。おまえが細かい設定をしてくれよ」  笑いながら手渡された携帯電話を、悠希はやれやれと表面では面倒臭そうに、でも、内心はそんな各務の一面を可愛らしく思いながら受け取って、代わりに設定をした。あの頃の悠希は各務に対して、そんな表情も出来るようになっていた。 「仮のパスワードはおまえの誕生日? おい、昨日じゃないか!」  誕生日なんて各務に祝ってもらえるとは思ってもいなかった。だから敢えて教えなかったしそれまでに聞かれもしていなかった。  仮の設定を終えて各務に携帯電話を返す。するとコーヒーカップを口にしながら各務は真新しい携帯電話を操作し始めた。しばらく楽しそうなその姿を目に止めていると、上着のポケットに仕舞っていた悠希のスマートフォンが細かく震えた。ポケットからスマートフォンを取り出した悠希に、 「見ろよ。この携帯電話からの初めてのメールだ」  確か、文面はこうだったと記憶している。 『誕生日おめでとう。一日遅れたが、今夜二人だけでお祝いしよう』  きっと、この携帯電話の送信履歴のどこかに残されているはずだ。

ともだちにシェアしよう!