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第35話

 ロック画面に自分の誕生日を入力する。再表示された画面には先ほど、席を立つ前に見ていたメールの文章がそのまま表示されていた。  ピッ、と無題の送信メールを選びながら、なぜ、こんな無駄なことをしているのかと悠希は自分に問いかけた。  こんなものを見ながら、昔の自分の行動を追いかけたところで胸が悪くなるだけだ。だいたい、あの頃の自分は三年前に各務昭雄よりも先に死んでしまったのだ。だから、太田からの電話で各務が死んだことを聞かされても、その葬儀に参列しても何の感慨も湧かないのは当たり前だ。  もう見るのは止めようと思いながらも、なぜか親指は止まることなくメールを開いていく。  ピッピッ、とメール選択を進めていくと、ふと、ある時期の送信メールが目に留まった。それは件名がついていたが、いつもの業務的なものとは違っていた。  これは各務と秘密の付き合いを始めて一年が過ぎたころ。寒い冬の時期のものだ。 『無事、帰宅した』  その件名のメールを開いてみた。 『心配かけてすまなかった。彰吾の体調は随分落ち着いたようだ。一応、明日は病院に連れて行くので午前は休みにしておいてくれ』 (これは、あの旅行の後の……)  ふと、あの庭園でかけられた各務によく似た声を思い出す。 「あれから九年経ちました」 (ああ、もうそんなになるのか)  携帯電話の画面の向こう側に、あの頃の少年の姿が映し出された――。 ***** 「わあ、課長の息子さん、可愛い!」  普段よりもおしゃれをした女性社員に囲まれて、背の低い少年はますます体を小さくした。明らかにこの年上のお姉さま方に、どの様に接して良いのか分からなくて戸惑っている少年の様子を、各務はにやにやと笑って見ていた。 「助けなくてもいいんですか?」 「いいよ。アイツも中二にもなってアニメだゲームだって子供の遊びばかりしているんだ。少しは彼女達に可愛がってもらえばいいさ」  ま、今のうちだがな、と各務は手にしていた煙草を灰皿に押し付けた。 「藤岡、皆揃ったぞ」  同僚の太田に声をかけられて、いま行く、と返事をした。空港のロビーに集まった普段とは違う会社の面々はどの顔も愉しげで浮かれ気分だ。 「おい、彰吾!」  各務に呼ばれた少年は、その顔にホッとした表情を浮かべると小走りでこちらに近寄ってきた。 「おまえ、皆にちゃんと挨拶をしたのか」  したよ、と少し不貞腐れた返事をした少年が真っ直ぐに悠希の方へ視線を向けた。 「この人は藤岡さんだ。この旅行の幹事の一人だよ。顔を覚えておいてもらわないと途中で忘れて置いていかれるぞ。おまえは小さいからな」

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