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第41話
「吸わないんですか?」
「寒くて手が痛いんだ。それに、ここでポイ捨ては駄目だろう」
湖に近づくと体に吹き付ける風が一層冷たく感じられた。さすがに祭りの会場からここまで来る人はいなかった。
「彰吾くん、煙草の匂いも苦手みたいですよ。課長に禁煙してもらいたいんじゃないですか?」
「禁煙か。あれだけはどうにも出来ないんだ」
何度か今までにチャレンジはしたようだ。しばらく二人並んで湖畔の景色を眺めた。各務が吐き出す白い息が、いつも彼が燻らす煙草の煙のように流れて行った。
「そろそろレストハウスに戻りましょう」
「もう時間か?」
「いえ、暖かいところで一服されないと、また長い時間バスの中ですから」
各務が悠希のほうへ体を向けて、そうだな、と言った。悠希を追い越そうと歩き出した各務が、何を思ったのか急に悠希の前に立つと、軽く唇を重ねてきた。
「……っ! 何を」
「大丈夫、誰にも見られてはいない。それよりも温かいな、おまえの唇は」
先を歩く各務の背中を、悠希は顔を赤らめながら慌てて追いかけた。
レストハウスに戻ると、先に室内にいた社員達の中から彰吾が悠希に近寄ってきた。
「あ、悠希さん! ほら、これ食べてみて!」
彰吾が持っていた紙皿を悠希に差し出す。そこにはホカホカと湯気をたてた大きなじゃがいもが、ごろんと乗っかっていた。
「じゃがバター。すっげえ旨いよ!」
「おい、彰吾。どうしたんだ、それは?」
早速、煙草に火を点けた各務が嬉しそうな彰吾に向かって小言を言った。
「……井上さんが買ってくれた」
井上とは女性社員の一人だ。
「……おまえ、小遣いは持たせているだろうが」
各務が煙草を一吸いするとそれを直ぐに灰皿に押し付けて、集まってお喋りをしていた女性達のほうへ歩いていった。そんな父親を無視した彰吾は、四つに割られていい具合に溶けかかったバターの乗ったじゃがいもの一つを箸で摘まむと、「ほら」と、そのまま悠希に突き出した。
(断るわけにもいかないか)
悠希は口を開けると差し出された熱いじゃがいもを、ぱくんと頬張った。
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