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第46話

 きみのお父さんに恋をしている、なんて口が裂けても言えない。悠希は苦笑いをしながら、 「今は気になる人もいないよ。毎日、仕事を少しでも覚えるのに必死なんだ」 「ふーん、そっかあ」  彰吾がやけに顔をニヤつかせて頷いた。 「なに? どうした?」  さらにニヤニヤと笑う彰吾は、 「これ、内緒だよ? 井上さんが悠希さんのことが気になっているんだって」  当事者に言ってしまったら、内緒もなにも意味が無いような……。 「他にも何人か、悠希さんのことが好き、って女の人がいるみたいだよ。やっぱりモテるんじゃん」  イケメンは違うね、と、からかうように言った彰吾に悠希も負けじと、 「彰吾くんこそ好きな子はいないの? クラスの女の子とか可愛い子がいるんじゃないかい?」  急に矛先を自分に向けられて、うっ、と彰吾が詰まった。 「きみだって格好いいじゃないか。明るいし運動神経も良さそうだから、女の子に人気がありそうだけれど?」  顔を赤くした彰吾が、勢い良く立ち上がると湯船の縁の大きな岩に腰をかけた。 「どうした? のぼせた?」  湯にあてられたわけでは無いことを知りながら、ニヤリと笑った悠希に、 「あーっ、もう! この話は無しっ!」 「彰吾くんから吹っ掛けてきたんじゃないか」  うー、とますます身体中を赤く染めて、彰吾は恥ずかしがった。 「でも、近頃の中学生なら付き合っている人がいてもおかしくはないよね」 「俺はそういうの興味無い」 (おやおや。さっきまで俺の恋愛事情を聞きたがったくせに)  照れ隠しに岩の奥に積っていた雪を固めて、彰吾はぽちゃぽちゃと露天風呂の中へと放り投げる。 「分かった。この話はもうおしまい。それにダメだよ、雪なんか風呂の中に入れたら」  空気は肌を切りつけるように冷たいのに、彰吾は岩に腰をかけたまま悠希に笑いかける。 「ほら、ちゃんと湯に浸かって。でないと風邪を引いてしまう」  うん、と小さく頷いて彰吾は、ざぶんと温かな湯の中へと潜り込んだ。

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