49 / 131
第49話
「まだ時間はあるから先に食事をしなきゃ」
うん、と返事をしても彰吾はあまり手をつけようとはしなかった。
「何だか、昨日も今朝も食べ過ぎたみたい。あんまり腹減ってないんだよね」
朝食はビュッフェ形式だった。多分、いろいろと興味を引かれた食べ物をこれでもかというほど皿に盛ったのだろう。
「藤岡」
後ろから低く声をかけられる。途端に彰吾の表情が曇った。
「おまえ達も休憩か」
そこには各務の姿があった。見ると他の上司達も離れたテーブルに座っていた。
「一通り廻ったから、もうここで時間を潰そうと思ってな」
寒くて敵わん、と各務は煙草を取り出そうとした。
「父さん、俺達は食事中なんだからここで吸うなよ」
息子の文句に、ああ、と各務は取り出した煙草を素直にしまった。
「もう集合時間までここにいるよ。すまないな、付き合ってもらって」
「いえ。彰吾くんはいろいろと物知りなんで愉しいですよ」
各務に笑いかけながら返事をすると、各務の視線が別のところに向けられているのに悠希は気がついた。
「彰吾、食べないのか? 今朝もあまり食べていなかったのに」
彰吾の食べ残している皿の上のものを見た父親の指摘に、ますます面白くない表情を彰吾は浮かべた。
「もしかして具合が悪い……」
「大丈夫だよ。ごちそうさま。悠希さん、行こう」
各務の言葉を遮って彰吾は立ち上がると、さっさとレストランの出口へと歩いていく。
「彰吾くん、体調が優れないんですか?」
「……まあ、大丈夫だとは思うが」
「わかりました。俺も気をつけておきます」
椅子から立ち上がった悠希に各務が近づいて肩に手を置くと、悠希の耳に顔を寄せて、
「本当にすまない。この礼は後で、な」
耳元で囁かれた低い艶やかな声に悠希の肌が小さくざわめいた。
父親の心配などどこ吹く風で、彰吾は相変わらずあちこちと悠希を引っ張り廻した。
もう一度、ホッキョクグマのプールを見学して近くの売店のベンチに腰をかけたところで、彰吾は大きく息をついた。この寒いのにコーラをストローから吸い上げる彰吾に注意を払いながら、悠希も温かいコーヒーを口にして腕時計を確認した。
「もしかしてそろそろバスに戻る時間?」
「そうだね、少し余裕はあるけれど。彰吾くん、まだ園内を見たいのなら、お父さんか井上さん達に合流するかい?」
ともだちにシェアしよう!