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第50話

 ちゅう、とストローを吸ってプハッと口を離した彰吾は、 「ううん、もう満足。だけど最後に見たいものがあるんだ」 「うん、あまり時間はないけれど良いよ。何が見たいの?」 「見たいと言うか、聴きたいと言うか。あのね、狼の遠吠えしている姿が見たいんだ」  以前、テレビで見て格好良かったのだと言う。 「わかった。じゃあ、もう行ける?」  彰吾は赤い顔をしながら残ったコーラを吸い上げるとベンチを立った。  オオカミの森と名づけられた施設に着くと彰吾は囲いの外からじっと動き廻る狼達を眺めた。 「大きいね。昔、家の近所にいた犬よりも大きいよ」  彰吾がデジタルカメラを覗き込みながら言う。 「どんな犬だった?」 「シェパード。雌のおばあちゃんでさ、名前はチャッピーだった」  狼の生息地を模して造られた小さな森の中を、彼らは気ままに走り回ったり寝転がったりしている。それでも、時折動きを止めてこちらに投げかける視線はどこかに野生の力を感じた。 (こんなに寒いのに元気だな)  二頭の狼が雪の上でじゃれ会う様を寒さに震えながら悠希は眺めた。隣の彰吾は何かに吸い寄せられたように真剣に狼達を見ている。だが、いつまで経っても狼は吠える様子もなく、とうとう悠希がバスに戻る時間がきてしまった。 「そろそろ戻らないと」  悠希のかけた言葉に、うん、と名残惜しそうに彰吾は返事をした。悠希が歩きだそうとしても彰吾は狼を見つめている。ふと、悠希は、 「もしかしたら、こっちから遠吠えすると応えてくれるかもしれないよ」  ええっ、と驚いたように彰吾は声をあげて辺りをきょろきょろと見回した。 (まさか本当に吠えるつもりじゃ……) 「ひとりじゃ恥ずかしいよ。悠希さんも一緒にやってよ」 「いや、それはちょっと勘弁して……」  何だよー、と少しむくれた彰吾にごめんと謝っていると、  ウオーン。 「あっ! いま、遠吠えした!?」  慌てて彰吾と鳴き声のしたほうを見る。そこには大きな黒い狼が天に届けと言わんばかりに、鼻先を空に向けて吠え始めた。それに呼応するように他の狼達も、その場に立ち止まって遠吠えを始めた。 「彰吾くん、デジカメ!」  すっかり狼に見とれていた彰吾は、悠希の声にはっと気づいてデジタルカメラの焦点を狼達に向けた。 「凄い迫力! すげえうれしい!」  バスの中で確認した映像には、狼達の遠吠えに被るように、彰吾の興奮した声がばっちり入っていた。

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