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第51話

*****  がたん、とバスが小さく揺れて悠希は目を覚ました。  やけに静かな車内に、ぐるりと見える範囲で目を向けてみる。皆、バスの心地好い揺れに抗えなかったのか、座席に沈み込むように眠っていた。前方のバスガイドも安眠を邪魔しないように、観光案内はやめて運転席の横に座っている。  通路を挟んだ席にいる各務も窓に頭をつけて眠っていた。それは、いつも悠希が見つめている寝顔。その顔に、ふっと微笑むと、悠希は自分の右腕に掛かる重みを感じた。温かな重みの主は彰吾だ。悠希にすっかり凭れ掛かって正体もなく眠っている。 (あれだけはしゃいだら疲れるよな)  気持ち良さそうに眠る少年のあどけない顔の中に、自然と各務の面影を探してしまう。  ――不思議だ。  いつも各務と逢うときも、彼の後ろにいる彼の家族のことなんて考えたことも無かった。  時折、各務は会社では自分の子供達の話をするが、悠希と二人のときは家庭の匂いなど微塵も感じさせなかった。  各務が彼の妻と創った子供――。  ちくりと悠希の胸に小さな痛みが走った。その痛みが各務の妻への嫉妬めいた感情だとは、この時の悠希は分かってはいなかった。  札幌へと戻り、夕方の大通公園近くの商業ビルに観光バスが横付けされた。今夜はこのビルの中のレストランで夕食を取ってから自由行動となる。皆、バスの中で体を休めたからか、少し元気を取り戻して夜の宴が始まった。 「悠希さん、食べ終わった?」  向こうのテーブルにいた彰吾が、同じテーブルになった女性達と話をしていた悠希のところにやってくる。 「彰吾くん、藤岡さんのことを名前で呼んでいるの?」  女性達がからかうように、可愛いね、と彰吾に言った。その言葉に彰吾は照れた笑いを浮かべると、早く行こうと悠希を急かした。 「待ってよ。私達も一緒に行きたいな」  悠希のことが気になっていると言う、女性社員の井上の言葉に、 「だめ。昨日から悠希さんと二人で行くって約束していたから」 と、彰吾はきっぱりと断った。ちょっと待って、と悠希はグラスに残ったビールを飲み干して女性達に、お先に、と言って立ち上がった。上着の袖に手を通しながら、彰吾と店内を出口に向かって歩いていると、「彰吾、待ちなさい」と、各務が後ろから追い掛けてきた。 「おまえ、体の具合が悪いんだろう。今夜は行くのはやめなさい」  彰吾はそんな各務の声など聞こえないかのように店を出る。エレベーターの前へと歩く彰吾に、 「いい加減にしないか。何かがあって藤岡に迷惑をかけたらどうするんだ」  エレベーターを呼び出した彰吾は、さすがにその台詞にちらりと父親へ視線を向けた。

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