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第52話

「……平気だよ。ちょっと咳が出るくらいだから」  開いたエレベーターの中にさっさと入り込む彰吾の後を各務も乗り込んだ。悠希も戸惑いながら狭い箱へと入った。 「ついてくるなよ、父さん」 「馬鹿を言うな。おまえがどうしても行くのなら、父さんも一緒じゃないと駄目だ」 「うるさいな。こんな時ばかり父親面すんなよっ!」  彰吾の苛ついた高い声がエレベーターの中に響いた。  一瞬、息を飲んだ各務の隙をついて、彰吾は開いたエレベーターの扉の外へと飛び出した。 「待て、彰吾!」  彰吾を追いかけようとした各務の肩に、悠希は手を置いて止める。 「課長、このまま押し通しても彰吾くんが反発するばかりです。少しでも具合が悪くなりそうなら、俺が連れて帰りますから」  各務が悠希に振り返る。その表情は悠希が初めて見る顔だ。 (――ああ、ちゃんと父親として息子を心配している顔だ……) 「彰吾くんも楽しみにしていたんです。なるべく早く帰りますし、何かあったら直ぐに連絡を入れますから心配しないでください」  悠希の言葉に各務が、ふぅと息を吐き出して、「よろしく頼む」と、小さく呟いた。  悠希が体調を気づかっても彰吾は、平気だ、としか言わず、人混みの雪まつりの会場を愉しげに歩いていく。それでも昨日や昼間のような快活さは無く、寒さに頬を真っ赤にしながら雪のオブジェを見て廻った。  ――父親面すんなよ。  悠希はそんな言葉を自分の親に言ったことはない。この少年のどこに、触れると火傷しそうな程の黒い感情が燻っているのだろう。思春期特有の親への疎ましさとは違うものが、あの言葉の中にはあった。 「うわあ、でけえ、すげえ」  この二日間でよく聴いた感嘆の声を、ここでも彰吾はあげた。 「やっぱり見に来て良かった。良く出来てるよ。これを作った人達はすごいなあ」  お気に入りのアニメキャラクターの躍動感溢れる雪像を見上げて、彰吾の口は開きっぱなしだ。 「ライトアップされているほうが、より動きがあって良いね」  だよね、と悠希の言葉に賛同した彰吾がデジタルカメラを構えた。ひとしきり雪像を録った後、デジタルカメラを仕舞おうとしたとき、 「ぼく、お兄さんと一緒に写真を撮ってあげようか?」  振り返るとにこやかに笑う年配の夫婦の姿がある。彰吾は、お願いします、と男性の方にデジタルカメラを渡すと、悠希の右腕に体を押し付けるように並んだ。  カシャ、と撮られた一枚を二人で確認する。 「良く撮れてる。ありがとうございました」  頬を赤く染めながらもしっかりと夫婦に礼を言って、彰吾はエヘヘ、と悠希に照れ笑いをした。それからも並ぶ雪像を見ながら歩いたが、次第に彰吾がこんこん、と小さく咳き込むようになっていった。 「もうホテルに戻ろう」  そう言った悠希に、 「最後にテレビ塔からの景色を見ようって約束したじゃん。大丈夫だから行こうよ」

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