53 / 131

第53話

 大通公園の端にあるテレビ塔には、ここからかなり歩かなければならない。人も多いし雪が凍って足元も悪い。悠希が躊躇していると、 「大丈夫だって。これは俺が悠希さんにわがままを言っているんだから、父さんには怒られないよ」 「……いや、きみのお父さんに怒られるのが心配なんじゃないんだ」  そう言っている間にも、彰吾は雪まつりの会場の向こうに見えるテレビ塔を目指して歩き出した。 「悠希さんと父さんって、どういう関係?」  歩きながら聞かれた質問にどきりとする。 「きみのお父さんは直属の上司なんだ。色々な仕事のことを教えてもらっているよ」  ふーん、と頷いた彰吾が、けんけんと咳き込む。その様子をはらはらと悠希は窺っていたが、やがて、 「人通りも多いからはぐれると大変だ。手を繋いでもいい?」  手袋越しだというのに彰吾はもじもじとして、やっと右手を差し出した。その少し小さな手を握って、悠希は人混みを避けるようにテレビ塔を目指した。  テレビ塔へと歩く間に、彰吾の元気は目に見えて無くなっていき、とうとう悠希は雪まつりの会場から外れた大通りの交差点の信号脇に彰吾を連れ出した。  素早く手袋を外して、前髪で隠れている彰吾の額に冷たい手のひらをあてる。彰吾の額は悠希の手のひらを直ぐに暖めるほどに熱くなっていた。 「……冷たくて気持ちいい……」  目を細めて熱い吐息を溢す彰吾に、 「凄い熱じゃないか。どうして黙っていたんだ」  けほけほと彰吾の咳が酷くなっていく。 「直ぐにお父さんに連絡するから」  悠希がブルゾンのポケットから携帯電話を取り出したところで彰吾の体がふらりと傾いた。 「あぶないっ!」  咄嗟に手を出したのに彰吾はその場に崩れ落ちていく。  あっ、と息を飲んだ瞬間、彰吾の体は後ろから歩み寄って来た人物の大きな手に支えられた。 「各務課長っ」  後ろから彰吾の体を抱えた各務の手のひらが、息子の額をさわる。 「やっぱりな。今朝から食欲も無くておかしいと思っていたんだ」 「どうしてここに……」 「こうなるのは判っていたからな。後ろを付いて歩いていたんだよ。こいつは体調を崩すと一気に熱が上がるんだ。すまないがタクシーを捕まえてくれ」  悠希は大通りを流すタクシーを停めた。意識が朦朧としている彰吾を抱えて各務が後部座席に座る。悠希は助手席に座ると、 「太田に連絡を入れました。それからホテルにも医者に来てもらうように手配してもらっています」 「本当に申し訳無い。もう少し俺が気を配っておけば良かったんだ」  そうは言っても、あの彰吾の各務に対する反抗的な態度ではどのみちこうなっていたに違いない。  まったく仕方の無い奴だ、と文句を言う各務の姿を少し振り返って見た。そこには、それでも息子を抱えて心配そうに座っている父親の姿があった。

ともだちにシェアしよう!