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第54話(4)

 ふっ、と一つ息をついてドアの横の呼び鈴を押す。軽やかな音が微かに室内に響いて、やがてガチャリとドアが開いた。 「藤岡」  少し驚き気味の各務に悠希は小さく笑いかけた。 「彰吾くんの具合はどうですか?」 「ああ、落ち着いてきたよ。まあ、中に入れ」  各務が室内に悠希を招き入れてくれる。 「その格好は? それに荷物も」  浴衣に羽織り姿でボストンバッグを持つ悠希を、各務が不思議そうに眺めている。 「風呂に入ってきたんです。今夜はこの部屋に泊めてもらおうと思って」 「この部屋に?」 「ええ。確か和室があるんですよね。彰吾くんに何かあったときに二人のほうが良いかと」  そうか、と各務が安堵の表情を見せた。部屋の中に通されて和室に荷物を置くと、悠希はベッドで眠っている彰吾の傍へ近寄った。 「医者の見立てでは風邪らしい。どうも旅行に来る前の日から調子が悪かったようだ。今は薬が効いて熱も下がってきている」  それでも、少し口を開けて苦しそうに息をしながら目を閉じている彰吾の姿に、悠希は胸が痛くなった。 「おまえが今夜、一緒にいてくれるのなら心強いよ。彰吾も喜ぶだろう」  いえ、と悠希は、はにかんだ笑顔を浮かべて、 「彰吾くんは俺が看ていますから、風呂に入ってきてください」 「ああ、そうだな。お言葉に甘えるよ」  支度を調えて部屋を出る各務を見送って、悠希はまた彰吾の眠るベッドへと近寄る。するとベッドの上の彰吾が瞼を開いて意識を取り戻していた。 「彰吾くん、わかるかい?」  ゆるゆると視線を泳がせた彰吾は、やがて悠希に気がついたのか、か細く瞳の焦点を合わせてきた。 「……はるき、さん」  掠れた声で悠希の名前を呼ぶと、彰吾は小さく咳き込んだ。そしてなぜか体を起こそうとする。 「無理をしちゃ駄目だよ」  悠希が彰吾を押し留めようとすると、喉が乾いた、と彰吾が訴えた。彰吾が起き上がるのを手伝って、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持ってくると、蓋を開けて彰吾に手渡した。彰吾は喉を鳴らしながら冷たい水を飲んだ。 「少し熱が下がったみたいだね。旅行の前から調子が悪かったんだって?」  こくん、と彰吾は頷くと、ごめんなさい、と謝りの言葉を口にした。 「俺に謝らなくてもいいよ。だけど、あのときお父さんが来てくれなかったら、俺一人じゃ彰吾くんを無事にここまで連れて帰れなかった。謝るのはお父さんにしてあげてね」  うん、と少年は素直に頭を下げると、もぞもぞとまたベッドへと横になった。ここに座って欲しいと彰吾に頼まれ、悠希はベッドの縁へと腰をかける。

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