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第56話

 布団に潜り込んで直ぐに、各務の燻らす煙草の香りが隣の部屋から幽かに流れてきた。 (吸わないでって言ったのに……)  しばらくすると、その香りも薄く空気に溶けて、隣の部屋も灯りが消された気配がした。とは言ってもフットライトは点けたままらしく、障子紙が向こう側から薄明かりに照らされていた。  どれくらい意識を無くしていたのだろう。からりと障子が開けられた小さな音で悠希は目を醒ました。直ぐにタンッと障子が閉まった音がして、きしっ、と小さく畳が踏みしめられる。その足音はゆっくりと悠希に近づいて来ていた。 (何かあったのか?)  はっきりと覚醒した頭で不安なことを思うと、悠希は慌てて上体を起こした。そして、障子のこちら側に立つ背の高い姿を仄暗い灯りの中で認めた。 「各務課長……。彰吾くんに何か、」  言いかけた悠希の傍に、音も無く近寄ってきた各務がすっと腰を下ろすと、人差し指を口元に立てて、 「静かに。大丈夫だ、彰吾はよく眠っている」 「それじゃ、一体……」  小さな灯りの下では各務の顔は窺えない。だが、ふっと各務が笑った気配がすると、急に伸ばされた手が悠希の髪に差し込まれて、強く体を引き寄せられた。  あっ、と思う間もなく各務の唇が悠希に押し当てられる。それは直ぐに舌を出して、悠希の唇を割って強引に口腔に入ってきた。 「……んっ、ん、っふ……」  絡め取られた舌先から甘い痺れが脳に達した。頭のどこかで、この状況はいけない、と思いつつも、粗く空気を取り込みながら交わし合う口づけに溺れそうになる。  くちゅっ、と粘着く音が二人の唇から高く響き始めて、やっと悠希は抵抗するように、各務の肩に添えた手を押し出した。 「課長……、今夜はだめです……」  鼻先が触れ合うほどに近い各務に向かって、悠希は小さく拒否の言葉を口にする。しかし、近すぎて焦点の合わない各務の顔には、ニヤリとした嗤いが貼り付けられているのが分かった。 「だめだって? 今夜のおまえはこんなに美しくて魅力的なのに、何もするなと言うのか?」  各務が悠希の少し開いた浴衣の首元へと鼻を押し当てると、大きく息を吸い込んだ。 「いい匂いだ。甘く香って俺を誘っている」 (いい匂いって……)。  これは温泉施設備え付けのボディソープの残り香だ。各務だって同じもので体を洗ったはずだ。 「さっきから浴衣姿のおまえに堪らない気分なんだ。これ以上、俺に我慢を強いるな」  各務は悠希の足元の掛け布団を剥ぎ取ると、素早く浴衣の上から悠希の股間を掴んだ。

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