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第63話
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翌朝――。
彰吾の熱はすっかり下がったようだ。だが、体の怠さは残っているらしく、おまけに喉も痛めたのか、顔を覆い隠すような白いマスクをして皆の前に姿を現した。
あれほど快活だったのに、今日の彰吾は自分から進んで喋ることもせず、移動のバスの中でも疎ましく思っている父親の隣に大人しく座った。
午前中に最後の観光地の小樽を散策したが、その間も彰吾は体調不良でバスの中に各務と居残り、悠希は気になりつつも幹事の仕事をこなした。
昨日まではあれほど悠希に引っ付いていたのに、今は風邪を伝染すと悪いと思っているのか、彰吾は悠希の傍に寄ってこようとはしなかった。
飛行機が北海道を離れても、彰吾は父親の隣でくったりとしている。何度か悠希や他の女性社員が声をかけても、マスクをして黙ったまま、頭を縦か横に小さく振るだけだった。
「やっぱり雨になったか」
地元の空港に降り立ち、今回の社員旅行が解散となって参加者がそれぞれの家路につき始めた。悠希も各務親子と一緒に空港のロビーから外に出ると、夕闇の中、冷たい雨が降っていた。
「本当にリムジンバスで帰るのか? 遠慮はしなくても良いのに」
空港まで車で来ていた各務が、悠希を家まで送ると言ってくれている。
「いえ、早くご自宅に戻って彰吾くんを休ませてあげてください」
各務の隣に立つ彰吾は、また熱が上がり始めたのか、小さく咳をして虚ろな目をしていた。悠希は彰吾の目線に合うように少し体を屈めて、
「今回の旅行は彰吾くんのお陰でとても楽しかったよ。早く風邪が治るといいね。昨夜のテレビ塔に行く約束、忘れないからね」
ゆるゆると彰吾は赤く潤んだ瞳を悠希に向けると、戸惑いがちに一つ頷いた。
「じゃあ、バスが来たので俺はこれで。気をつけて帰ってくださいね」
ああ、と返事をした各務と黙ったままの彰吾に笑いかけると、悠希は停留所に着いたバスへと向かった。
独りで住む自宅に帰り着いて、旅行の荷物を解いているところで各務からメールが届いた。
『無事、帰宅した』
悠希は慌ててメールの本文に目を走らせる。
『心配かけてすまなかった。彰吾の体調は随分落ち着いたようだ。一応、明日は病院に連れて行くので午前は休みにしておいてくれ』
(そうか、奥さんは娘さんにつきっきりだから。彰吾くん、早く良くなるといいけれど)
悠希は、落ち着いたという文面にほっと胸をなで下ろして、風呂の準備をしながら荷物の整理を続けた。
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