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第64話
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結局、あれから今日まで一度も彰吾に会うことは無かった。各務から何度か、節目節目に中学を卒業した、高校に受かった、など彰吾のことを聞くことはあったが、元々、各務は普段から家庭のことは話さないから、特別気にも止めていなかった。
現に今日、あの祭壇の前で彰吾の姿を見つけるまで、悠希は各務の子供のことなど失念していたのだ。
あのとき、小さな体を恥じていた少年は、父親を超えるほどの精悍な青年に成長していた。好奇心で一杯にしてキラキラと輝いていた瞳は、今日は眼光鋭く悠希のことを貫いていた。
少し皮肉混じりの話し方は各務に良く似ていた。その姿かたちも各務とそっくりで、あの頃の少年の面影は今日の青年からは窺うことが出来なかった。
――また会いましょう。
もう二度と彰吾に会うことはないだろう。悠希は金輪際、あの街に戻るつもりも無いし、各務の墓参りなんて行くこともない。
暗い気持ちで手の中の携帯電話に向き合う。次々と各務がこの世に残した文面を眼に写す。
あの旅行の後から、各務の誘いは月に一度から二度、三度と回数が増えるようになっていた。
そしてその頃からだ。各務との睦み合いに自分の恋心を言葉で伝えるようになったのは。
好きです、愛しています、と悠希は各務に熱い官能とともに吐き出した。二人で肌を重ねるときにだけ、悠希は正直な想いを各務に伝えた。
(でもそれは、あの人には届かなかった)
きっと悠希の切ない告白は、二人のセックスの雰囲気を盛り上げるための睦言と思われていたのだろう。
『来月の出張にはおまえも連れて来れるようにするよ。一緒に風呂に入ろう』
これは各務が出張先の近くの温泉地に宿泊したときのメール。
『心配してくれてありがとう。おまえもいつも付き合わせて悪いな。この仕事が一段落ついたら二人でゆっくりしような』
これは仕事がたて込んで残業続きだったころ。各務の体調を気づかうメールの返信だ。
『まさか俺が部長になるなんて。これから抱き合うたびに、おまえに部長なんて言われると、余計にいけない気持ちになるな』
(……そうだった。俺は一度もあの人の名前を言ったことがない)
それは各務も同じで、仕事の時も二人の逢瀬の時も、各務は悠希を『藤岡』と呼んだ。
(それはそうか。あの人にとっては全て遊びの延長だった。だから俺の名前なんて、どうでもよかったんだ……)
気がつくと列車はもう横浜まで近づいて来ていた。悠希はすっかり温くなってしまったビールを飲み干して、くしゃりと缶を潰した。
携帯電話のメールの発信時間も開く度に進んでいく。各務と過ごした七年間が終わりに近づいていた。
『わかったよ。そんなにおまえが心配するのなら、病院に行ってみるよ』
これは確か各務と別れる一ヵ月前のものだ。
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