73 / 131

第73話

(これは……?)  ずらりと並んだメール。それらは全て、この携帯電話からどこかへ送られる前のものだ。この全てのメールには件名がない。悠希は最初のメールを開いてみた。 『藤岡、元気か?』  それだけの文言に悠希の心臓が大きく跳ねた。 (一体、いつのものなんだ?)  作成日は悠希があの街を去ってから三ヶ月後。良く見るとどうやら一度、悠希のスマートフォンへ向けて送信されたもののようだった。 (受け取れなくて戻ってきたメールか)  あの頃使っていたキャリアは解約したから、当然この文言は行き場を無くしてさ迷ったはずだ。次のメールを開いてみる。 『やっぱり戻ってきたか。馬鹿だな。こんなに後悔をするのなら、なぜ、あの時もっと上手くやれなかったんだ』  後悔とは何なのだろう。次のメールを開く。先ほどのメールからはひと月あまり後のものだ。 『手術は無事成功したそうだ。思ったよりも体調はいい。これから放射線と抗がん剤の治療が始まる。少し不安ではある』 (何だ、これは?) 『やはり抗がん剤はきついな。食欲が全く湧かないよ。少し熱も続いているし楽観していたよ』 (これは……、日記?)  何日か間隔をあけて、数行の文章がそこには記されている。でも、これはメールだ。各務は誰にこのメールを送ろうとしていたのだろう。 『今朝、おまえの夢を見た。しきりに俺に病院へ行くようにと言っていたよ。あのとき、素直におまえの言うことを聞いていたら少しはましだったのかな』  ピッ。 『随分、外は暑そうだな。体には気をつけろよ。そうでなくてもおまえは暑さに弱いのだから』  ピッ。 『今日、彰吾が見舞いに来てくれたよ。あいつ、しばらく見ないうちに俺とそっくりになっていた。前に一緒に旅行に行った頃は、ひょろひょろして小さかったのにな』  ピッ。 『やっと退院の目処がついた。だけど、帰っても一人じゃ寂しいばかりだ。こんな時はおまえのことを思い出して堪らなくなる』  ピッ――。 『職場に復帰出来た。だが、おまえの居ないここは、なんて味気ないのだろう――』  そして、一行開いて、 『おまえは今、どこにいる?』 (これは……、俺宛てのメールだ……)  悠希は呆然とそのメールを見つめた。  この頃の悠希はすでに心を凍らせたまま、新しい生活を始めていた。各務はその間、闘病生活を送っていたのだ。そして、その闘病の様子を、決して繋がることの無い悠希のアドレスに向けて送信していたのだ。  ピッピッと悠希は各務のメールを読んでいく。

ともだちにシェアしよう!